脳卒中患者を対象とした通所介護施設を運営する株式会社ルネサンス、脳・神経科学領域の事業開発を手掛ける株式会社NTTデータ経営研究所とコンピューテーショナルリハビリテーションの普及・実現を目指す大学発ベンチャーの株式会社INTEPが、介護リハビリ事業におけるデジタルデータを活用した個別最適化リハビリテーションプランの提案技術(=コンピューテーショナルリハビリテーション)の実サービス場面での導入可能性を検証した。

これまで脳卒中発症後6ヶ月以上を過ぎた「維持期」といわれる期間では、患者の状態改善があまり見られないと言われていた。そこでINTEPとNTTデータ経営研究所が開発を進めているのが、患者の状態や特性データをデジタル化し、データベース化された訓練内容と紐づけることで、一人ひとりに合わせた最適な訓練内容を計算により導き出す技術。この技術のプロトタイプを利用し、実際の通所リハビリテーションの現場で導入できるかを3社で検証した結果、運動機能の改善を確認し、現場でも十分に適用可能であることが分かった。

今後は開発した技術が要介護度の維持・低下、健康寿命の延伸に貢献できるように、技術開発・実証実験を継続していく。また、様々なパートナーを募集し、データや事例を拡充し、こうしたデジタル技術とリハビリテーション(以下、リハビリ)を融合した新技術が多くの患者やその家族・リハビリ従事者や自治体などにとってより望ましい変化を実現できることを目指していく。

背景

脳血管疾患(脳の血管の梗塞や出血)は、全世界で毎年13.7百万人が発症し、そのうち5百万人の命を奪っている。日本国内においても、2017年時点で高齢者の入院受療率が高い主な傷病として悪性新生物(がん)を抑えて脳血管疾患が第1位であり、発症者数は高止まりとなっている。幸いにも急性期における死亡率は1995年から2015年までの20年間で半分以下となっているが、現在直面しているのは、「発症後のリハビリテーション治療」の質を如何にあげるか、という課題だ。

脳卒中によって引き起こされる障害は運動障害をはじめ、患者の日常生活の質に与える影響が極めて大きいものであり、その回復を目指すのがリハビリ。その発展を見てみると、発症後の自宅・施設を含む在宅復帰率は2013年から2015年までの3年間で78.7%から78.3%と高い数字ながら、かといって著しい発展がみられない。

また、現状では発症後6ヶ月を超えた維持期と呼ばれる段階の患者には原則として医療保険が適用されず、通所・訪問施設などでリハビリを行うという問題があるが、そういった施設ではリハビリ専門職種が在籍していないことも多く、機能回復の効果も見られないという状況がある。

そうした維持期のリハビリの限界の背景にあるのは、専門職員の有無だけでなく、属人的でアナログなサービス提供の現状にもあると考えられる。そこで個々の患者の特性やリハビリの内容とその効果を定量的にデータ化(=デジタル化)することにより、科学的で効果的なリハビリが実現できることが期待される。

こうした状況のなか、ルネサンスは、介護認定者を対象に、脳卒中発症後の麻痺の改善に必要な反復療法を可能とする、各種機器を活用したリハビリサービスを提供する通所介護施設「ルネサンス リハビリセンター鎌倉」(神奈川県鎌倉市)を2018年に開設し、脳卒中発症後においても、社会復帰を目指されるユーザーに新しい道を提供してきた。

また、NTTデータ経営研究所とINTEPは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の補助も得ながら、リハビリに関わる評価・計画・介入をデジタル化することにより、一人ひとりの特性や状況にあった効果的なリハビリの提供を目指す“コンピューテーショナルリハビリテーション”事業の開発を進めている。

そこで、今回3社が協力し、維持期のリハビリサービスにおける「デジタル化」アプローチの導入可能性を検証する運びとなった。

導入検証プロジェクトの概要

  • 目的
    INTEPおよびNTTデータ経営研究所で進める患者データの定量化および、その結果を利用した最適化計算に基づくリハビリ内容の提案技術が、維持期のリハビリサービスの事業現場へ導入可能であるかを検討する。
  • 参加者
    ルネサンス リハビリセンター鎌倉のユーザー6名
  • 役割
    ルネサンス 検証フィールドの提供・提案されたリハビリ内容の妥当性確認、修正、実施
    NTTデータ経営研究所 全体のプロジェクト企画・アルゴリズム構築
    INTEP各種測定の企画・最適化企画・現場の測定支援および介入支援
  • 検証デザイン
    介入前後で、運動機能評価を実施
  • 検証期間
    2021年3月~4月の間の5週間(40分の訓練/日、週2日)
  • 検証指標
    FMA-UE(Fugl-Meyer assessment上肢運動項目、肩から手指の上肢運動機能を評価する尺度)、ARAT(Action Research Arm Test、上肢の運動機能を円筒やブロックの移動を行い評価する検査)
  • 導入したコンピューテーショナルリハビリテーションアルゴリズム※
    ユーザーの運動機能をFMA-UE・ARATで評価。そのスコアから、エビデンス5,6,7に基づき「該当ユーザーがギリギリ達成できない難易度の運動」を特定。多様な「訓練」内容を定量的に格納したデータベースと照合し、「該当ユーザーにとってターゲットとなる運動機能の最も効果的な訓練」を推定し推奨。セラピストが推奨度を見ながら複数の訓練を実施した。
一人ひとりに最適化されたリハビリプログラムの推奨

結果

“コンピューテーショナルリハビリテーション”=患者一人ひとりの状態に基づいた個別化されたリハビリ内容の提案を行った結果、FMA-UEは、検証前31.5→検証後34.2と改善し、ARATに関しても検証前9.3→検証後13.5と改善した。

しかしながら、こうしたスコアの上昇が維持期の患者さんの平均的な回復である可能性もある。そこで、過去の同じような維持期の患者さんを対象とした研究のコントロール群(通常、一般的なリハビリを行う群)のデータと比較した。今回の検証による各指標のスコア変化量は(FMA平均+2.70、ARAT平均+4.2)は、先行研究における各指標のスコア変化量の平均値(FMA平均-0.52、ARAT平均-0.86)を上回り、少数例ではあるものの本検証の有効性が期待される結果となった。

以上のことから、これまで機能回復・向上が認められにくいとされていた維持期の通所リハビリ施設に通うユーザーを対象としても、同社らのアプローチが十分実際のサービス現場で導入が可能であること、リハの効果を促進できる可能性が示すことができた。

また、参加いただいたユーザーの方からは「無意識に水道の蛇口を麻痺側でひねれるようになった」「プリンを麻痺側で押さえながら食べられるようになった」といった満足の声をいただき、定性的でありながらもご本人の生活に関わる場面でも効果を実感していただくことができた。

今後について

今回の検証により、デジタルデータを活用した個別最適化リハビリ=コンピューテーショナルリハビリテーションの実サービス現場での導入が有益である可能性が示された。

介護サービス事業者が本技術を導入することで、高価な訓練機器が無い施設であっても利用者の機能回復に貢献し、当該施設およびケアマネージャーや地域包括支援センターを含めたレピュテーションの獲得に寄与する可能性があるものと考えている。

今後、こうしたリハビリ現場でデジタルデータを活用して変革を目指す様々なパートナーを募集し、データや事例を拡充していく予定だ。

多くの患者・利用者やその家族・リハビリ従事者や自治体などにとってより望ましい変化を実現できるよう貢献していく。