米作家の作家のマーク・トウェインは、かつて「歴史は繰り返さないが韻を踏む(History doesn’t repeat itself, but it often rhymes)」と言った。かつてスポーツ領域において一般化し、今や常識化しつつある遺伝子情報を元にした個別最適化サービスが、韻を踏むようにフィットネス・ウェルネス領域でも少しずつ聞かれるようになってきている。ここでは、かつてと何が違うのか? フィットネス・ウェルネス領域では、どんな文脈でサービスが提案され、その価値化が実現しているのか?を明らかにしたい。

スクールにも、客観的データに基づく判断材料が求められる時代に
IT技術で野球人の怪我を減らし、パフォーマンス向上を支援する野球テック(Baseball Tech)企業としてスタートした「株式会社しゃもじ」という企業がある。同社は、これまで蓄積してきた約3,000名以上のアスリートの遺伝子情報の検査データと現場でのトレーニング指導実績をバックボーンに、怪我予防及び競技力向上を目的とした遺伝子検査サービス「Suportal DNA」の普及を目指した取り組みをしている。同サービスは、筋肉の特性(瞬発系・持久系)、回復力、栄養吸収傾向など、生まれ持った身体特性を分析するものである。こうした遺伝子情報の検査や分析は、DeNAライフサイエンスやジェネシスヘルスケアなどの名前を出すまでもなく、かなり前からスポーツ領域、とりわけトップアスリートの世界では、当たり前に取り入れられていた。
だが、同社が、開発・提供する「Suportal DNA」は、それだけにとどまらない。分析されたデータを活かし、それぞれの対象者に適したトレーニングや食事戦略の設計に活用できるところまでをサービスとしている。

従来のスポーツ指導が経験や感覚に依存する側面を持っていたのに対し、科学的根拠に基づいた「再現性のある育成」を実現するところまでの価値化が実現しているのだ。
現在は野球領域を中心に、小学生から高校生、さらにはプロ野球選手に至るまで幅広く導入が進んでいるが、今後、例えばスイミングスクールや体操教室、テニススクールなどにおいても活用が進むだろうことが容易に想像できる。特に育成年代においては、選手コースの子どもたちだけでなく保護者も意思決定に関与するケースが多く、客観的なデータに基づく判断材料が求められる。これまではコーチらの属人的な経験に基づいた指導サービスですんでいたが、今後は怪我予防やパフォーマンス向上に加え、「なぜそのトレーニングを行うのか」という利害関係者すべてが納得する判断材料が必要とされることになるのではないか。
「怪我を未然に防ぐ」思想から 生まれたサービス

前出の「Suportal DNA」は、パフォーマンス向上ではなく「怪我を未然に防ぐ」という課題意識から開発が進められた。スポーツ現場では、才能ある選手が成長過程での負荷や誤ったトレーニングにより怪我を理由に離脱してしまうケースが少なくない。
同社の場合で言えば、「Suportal DNA」という遺伝子情報の検査・分析サービスに加え、運動能力の測定評価~トレーニングサービス「Suportal」も持って、対象者の「成功」をサポートしていることから、現場データの蓄積によって、どのようなアプローチが個々の身体特性と合わず怪我のリスクを高めているかが見えてきた。だからこそ、身体特性を起点に最適な準備やトレーニングを設計する必要がある― そうした逆算の発想が同社のサービスの根幹にある。
検査で終わらせない アフターサポートの設計

遺伝子検査を単なる診断サービスとして提供するのではなく、その後の実践支援まで一貫して行えなければ、民間のスクールや教室では役に立たない。
科学的なアプローチを重視する米国でも、既にFitnessGenes、DNAfitなどの企業が成長してきて、サービス自体の範囲と対象領域を拡げつつある。かつての遺伝子検査サービスと、現在、そしてこれからのアプローチが異なるとすれば、それは1つには対象領域の広がりであり、もう一つは検査で終わらせない、いわゆるカスタマーサクセスを実現する丁寧なアフターサポートの設計があるということだろう。「検査結果を渡して終わり」というサービスでは、もう通用しない。
したがって、日本においても今後は、検査・分析の結果を踏まえて、管理栄養士による食事指導や、トレーナーによる個別最適化されたトレーニング処方の提案・提供をして、文字通り「知る」から「変える」までをサポートする仕組みを構築していくことが求められることになる。
この点、日本においては、既述の「Suportal DNA」、「Suportal」というサービスが、現在、この領域のサービスをリードしていると言える。

同社の場合は、LINEなどを活用した継続的なサポート体制も整備。日々の食事内容に対するフィードバックや、競技特性に応じたトレーニング提案など、現場で活用しやすい形でのサービス提供まで行なっている。これにより、遺伝子検査が一過性の単なるイベントで終わることなく、長期的な成長支援ツールとして機能する。
また、蓄積されたデータは競技別の傾向分析にも活用されており、将来的には「競技ごとの最適育成モデル」の構築にもつながる可能性も秘める。個別最適と集団最適の両立を図るデータ基盤としての役割にも期待が寄せられるわけだ。
スポーツ界から フィットネス・ウェルネス市場へ
数年内には、こうした遺伝子情報を活用したサービスは、フィットネス・ウェルネス市場へと広がりを見せることだろう。さらに、その先では「健康経営」領域にも展開が拡がっていくのかもしれない。
従業員一人ひとりの体質に合わせたパーソナライズドな健康支援の必要性は今後さらに高まる。従来の一律的な健康施策では効果が出にくかった層に対して、「個別最適」というアプローチは興味関心も惹き、実際的な効果も高まりそうだ。実際にしゃもじでも、遺伝子検査に加え、食事・運動・生活習慣の改善提案を組み合わせたウェルネスプログラムの提供を準備しているところだと聞く。
将来的には同社のようなノウハウを持つ企業とフィットネスクラブ、「健康経営」を推進する企業などとが、コンソーシアムを組んで、リアルとデジタルを組み合わせた新しいウェルネス体験を創出していく時代が来るのかもしれない。そうした時代に、フィットネスクラブは、顧客のジャーニーを踏まえたマーケティングファネルの設計、価格設定、トレーナーの再教育、データ管理体制、医療領域との線引きなどについて、考えておく必要があろう。特に、データの管理体制や医療領域との線引きといった安全性を担保するための取り組みは、大事になる。こうした論点を早期に設計に織り込めた事業者が、次のフィットネス・ウェルネス市場においてリーダーとなれることだろう。