2022年7月25日、株式会社アロー(以下、アロー)は、府中刑務所にて松村憲一東京矯正管区長より感謝状を授与された。なぜ、アローはこの活動を始めたのか。フィットネスには、どのような可能性があるのか。同社の代表取締役である阿藤貴史氏の想いに迫る。

運動プログラムで再犯防止

初動は、2019年。府中刑務所が、高齢等受刑者へ、週1回、運動指導をするべく健康運動指導士を募集していた。それを耳にした阿藤氏は、直接交渉する。健康運動指導士の資格を保有していなかったが、理学療法士の知識をいかし、運動効果をエビデンスとして提出する計画を提案した。運動効果の測定テストには、握力、前屈、上体起こし、肩足立、TUG(椅子から立ち上がり、コーンを回って戻る。外出可能かの指標)を含む。

指導料は1人当たり7,000円。往復の交通費だけで数万円支出するが、自分たちが貢献しているワクワクもある。コロナ前は、対面での運動指導に加えDVDを作成していたが、コロナで直接の指導ができなくなった。そのため、アンケートで身体の悩みを調査し、簡単なストレッチや、自分自身で身体をさするだけのものなど、症状に合わせたDVDを追加した。現在は、運動の様子を視察している。

高齢等受刑者には、障害がある人や高齢による身体の不調などがある。床に座った姿勢で細かい作業を週5日行うため、腰痛や肩痛、柔軟性の低下などがみられる。本来、外出する時間が設けられていたがコロナにより活動量が減った。受刑者からは、「おかげで肩が痛くなくなった」「この時間が楽しみだ」と言われる。運動中は笑顔もある。「こういう動きをしてくださいね」「よくできましたね」と積極的に声をかけ、達成感や自己効力感の向上につなげている。

活動理由は9割に上る再犯率

高齢等受刑者の作業の時給は多くの場合8〜30円。出所時に一括で数万円を受け取るが、身を寄せる当てもなく、身体が不自由であると社会復帰のめどが立てにくい。

「再犯率は9割です。家族や信頼できる人が近くにいると迷惑をかけまいと過ごしますが、社会的に孤立している人が犯罪に手を染めるように思います。府中刑務所では、窃盗が多く、刑期が1年未満で再犯してしまった人たちが多いのですが、原因を減らすアプローチをフィットネスの側面からできないかと考えています。高齢等受刑者から、『来週で出所するから』と言われ、『2度と会わないようにしたいですね』と言うと『そうもうまくいかない』と言うのです。うまくいかないから捕まるわけではありません。社会のせいにして、どうでもよくなってやってしまう様子を見て、彼らにプラスになることをしたいと思っています。フィットネスを通じて、例えば出所後に散歩したり、地域の太極拳のサークルに入ったりなどしてコミュニティに属していれば、悪いことをしようとしたときに誰かの顔が浮かんで、再犯を防ぐきっかけになるのではないかと考えています。フィットネスをすることで、幸せに暮らしてほしいのです」

フィットネス事業者の役割とは

阿藤氏は、一連のエビデンスを刑政(明治21年5月11日創刊)に寄稿した(「府中刑務所における高齢等受刑者運動プログラム」)ことから、運動実施と再犯率の関係についてまとめたい考えだ。また、アローでは、社員の入社ごとに新規事業が生まれていることから、一人ひとりが望んだキャリアを歩める環境整備を目指す。若い社員が高齢になってもやりたいことができる仕組みづくりをしていきたいとしている。

阿藤氏は、刑政で次のように綴る。「私たち(運動指導者)の本当の役割は、受刑者の方々が身体機能の向上に伴い、自分の努力で『自分では変えることができないと思っていた事柄』を変えることができたときのうれしさや快感を思い出してもらうことなのではないかと思う」フィットネス事業者の本当の役割について、再考したい。