地元中小企業の健康経営®に、トレーナーの新たなビジネスチャンスが広がる

2024年から始まる第三次健康日本21では、健康経営の推進が重要テーマの1つとされている。健康経営の導入は、近年中小企業にも浸透してきており、「健康経営アドバイザー」として、地域で活動するトレーナーが企業の健康経営をサポートする事例が増えている。この健康経営市場が拡大している背景と、トレーニング指導ビジネスの今後の可能性について、実際に健康経営アドバイザーとして大企業から中小企業まで14社の健康経営に携わるトレーナーであり、格闘技ジムのオーナーでもある鈴木陽一さんに話を訊いた。

  • 株式会社ALIVE
    代表取締役 鈴木陽一氏
     

健康経営の市場拡大が注目されている背景について教えてください。

2024年から2036年までの12年間にわたる健康日本21の第三次が来年スタートします。ここでテーマとして置かれている主な課題は、日本の「少子化」「高齢化」「人口減少」の中で、国民の健康寿命を延ばすことです。健康な人を増やすことで、医療費や介護費の負担を減らすとともに、労働者が長く働き続ける環境をつくり、定年を延長できたり、年金の支払いを遅らせてより高い額を受け取れるようになるなど、国民にとっても、国にとっても、メリットが得られることになります。

「長く働ける人を増やす」ことを目指し、国から各自治体に対して「企業の健康経営を促進してください」という通達が2024年以降、正式に出されることになるのです。

「健康経営」は今から10年前の2013年に発表された「日本再興戦略」の中で、国民の健康寿命延伸のテーマとして挙げられ、翌2014年に発表された改訂版で「健康経営」の言葉が、健康投資の考えとして使われ始め、まだ10年足らずの市場と言えます。

この市場が成長するきっかけとなったのは、2016年に「健康経営優良法人認定制度」が創設されたことです。これは、厚生労働省と経済産業省がコラボレーションした施策として進められていますが、経産省が決めた取り組み項目に沿って、企業が従業員の健康づくりに取り組むと、「優良法人」として認定されるという制度です。特に優良な健康経営を実践する企業500社が選ばれ、大企業では「ホワイト500」、中小企業では「ブライト500」という、所謂「ホワイト企業」の認定を国からもらえるのです。

この認定が受けられることで、法人にとって健康経営に取り組むメリットが大きく増えることになりました。大企業では「ホワイト500」認定を受けている上場企業の株価が、認定を受けていない企業より上回る推移が見られており、健康経営が企業価値に影響を及ぼすことが明確になってきています。

また、中小企業の「ブライト500」でも、この認定を受けている企業は、銀行融資の際に、審査の面で有利になったり、従業員の採用や雇用維持においても、より働く人の支持が受けられやすくなり、企業は健康経営を導入するメリットを享受できるのです。

また、厚労省の助成金を健康経営に使うことができることも、企業の導入を後押ししています。

アメリカの研究結果によると「幸せな従業員は不幸せな従業員と比べて創造性が3倍になり、生産性は31%高い」とされることも、「健康経営」への投資対効果として注目されています。

が、従業員の生産性以外にも、企業にもたらすメリットが増えていることがこの市場成長の背景にあります。

「健康経営優良法人2023」では、「大規模法人部門」に2,676法人(上位法人には「ホワイト500」を認定)、「中小規模法人部門」に14,012法人(上位法人には「ブライト500」を認定)が認定されており、2022年に比べて、大企業の優良法人部門では377法人、中小規模法人部門では1,575法人と、両部門ともに1年間で大幅な増加が見られています(グラフ1、2)。

ただ、日本国内の法人数は、2022年時点で178万社との調査発表もあり、優良法人認定を受けている企業は、全企業の1%にも満たない状況です。健康経営市場は未だ黎明期にあり、今後拡大していくことが予想されています。

◆グラフ1 健康経営優良法人(大規模法人部門)認定数の推移
◆グラフ2 健康経営優良法人(中小規模法人部門)認定数の推移

トレーナーや運動指導者として、企業の健康経営の推進に、どのように関わることができますか?

企業の健康経営を推進するために、経済産業省から東京商工会議所が委託を受けて、2016年に「健康経営アドバイザー」という資格が創設されています。これまでは、健康経営を推進する経営者や、人事・総務部の担当者や、社会労務士などが受講して、企業に健康経営を導入するケースが多くありましたが、トレーナーや運動指導者が、この「健康経営アドバイザー」として、企業の健康経営をサポートすることで、より本質的な取り組みをプランニングすることができます。

ここに、トレーナーや運動指導者にとっての大きなチャンスがあります。

一般的に、企業での健康づくりは、企業の福利厚生として、大企業では産業医や保健師のもとで、中小企業では社労士のもとで進められますが、「健康経営アドバイザー」として、トレーナーや運動指導者が、健康経営の専門家として、企業と契約し、取り組みを推進するケースが増えています。

特に中小企業では、個人事業主のトレーナーとしても専門家として企業と契約できる可能性が高く、契約内容も、春と秋の体力測定などのスポット契約から、企業内のトレーニングルームでの指導受託、オンラインアプリを活用した健康指導など、企業のニーズに合わせて提案できることが鍵となります。

主な関わり方は、下記となります。

  1. 春と秋の体力測定や、運動会の開催サポート、ロコモチェックなど
  2. 社内のトレーニングルームの運営受託(トレーナーの派遣含む)
  3. 従業員への教育機会、運動機会の提供(ヨガレッスンや健康教室の提供、マッサージなどケアの提供など)
  4. オンラインアプリを通じた、健康習慣づくりサポート
  5. 月1回の、部署ごとの健康課題に対する運動指導サポート

トレーナーとして、健康経営支援ビジネスに参入するうえで必要な知識とスキルには、どのようなものがあるでしょうか?

現状、トレーナーが企業の健康経営を受託するきっかけとなっているのが、経営者へのパーソナルトレーニング指導です。パーソナルトレーナーが、企業経営者のクライアントから、その経営者の従業員にも指導して欲しいと頼まれることから、取り組みがスタートするケースが多いです。そのため、パーソナルトレーニングの指導知識とスキルは強みになります。

ここで、経営者の信頼を勝ち取るうえで、人間ドックや健康診断の数値から健康アドバイスができることもさらに強みとなります。そのうえでは「予防医療診断士」という資格があり、この資格取得のために勉強をすると、この周辺の知識と指導スキルを効率的に身に付けることができます。

また、全国健康保険協会も、全国の企業の健康経営をサポートする情報提供を行っており、「健康宣言」のやり方マニュアルもあります。この「健康宣言」をきっかけに、企業と関係づくりをして、次の段階で、厚労省と経産省のコラボヘルス施策の「健康経営優良法人」へのサポートを行うことを提案していくと良いでしょう。この優良法人認定への申請は、毎年9~10月頃に受付があることから、経営者や社労士などの専門家とチームで準備を進めることをオススメします。

さらに、健康経営を事業として顧客開拓を目指す場合は、地域の経営者が集まる勉強会などに参加することをオススメします。ロータリークラブや、ライオンズ、法人会、青年会議所、BNI(ビジネス・リファーラル組織)、EO(起業家機構)など、経営者のネットワークに入ることで、機会が得やすくなります。特に、30歳代のスタートアップ企業の経営者は、企業価値や人材採用面での健康経営に取り組むメリットについて理解が深く、自身もフィットネスに興味を持っていることが多く、健康経営サービスのマーケティングには最良の対象顧客と言えます。2024年、トレーナーや運動指導者として戦略的に健康経営にいち早く参入することで、新たな事業ポートフォリオを育てられるチャンスを掴むことができるでしょう。

*「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。