『Wellness Business』創刊記念寄稿
“ラグジュアリーから日常へ”
ウェルネスの概念があらゆるビジネスに浸透
「Wellness Business」編集長 岩井智子
株式会社クラブビジネスジャパン(本社:東京都渋谷区、代表取締役 古屋武範)は、ウェルネス産業の未来を拓く経営情報誌として「Wellness Business」を2025年11月に創刊する。国内唯一のウェルネス業界専門誌として、施設開発・サービス革新・地域創生など多角的な視点から最新動向を分析。持続可能な社会の実現を目指す事業者に向け、世界の先進事例や市場トレンドを紹介する。本稿では、今後「Wellness Business」でも注目する、経済効果の高いウェルネスビジネスの着眼点についてまとめる。
注目されるウェルネス不動産の市場規模と成長動向
ウェルネス産業に関する世界的調査機関のGlobal Wellness Institute(GWI)は、ウェルネス市場に関する最新のレポート「Build Well to Live Well: TheFuture」を刊行。世界各地のウェルネス不動産プロジェクトと、その経済効果を網羅している。
同レポートによると、ウェルネス不動産の市場規模は、2019年の2,250億ドルから、 2024年5,480億ドルへ倍増。年平均成長率は約19.5%で、これは全世界の建設業成長率(約5.5%)を大きく上回るものとなっている。地域別成長率(2019年→2024年)では、ラテンアメリカ・カリブ地域が年24%と最も高く、中東・北アフリカ(MENA)が年22.6%、ヨーロッパ:が年22.4%と続いている。世界で平均すると、今後も年平均15.2%の成長が予測されており、2029年には市場規模が1.1兆ドルに達する見通しとなっている。
ウェルネス不動産開発においての6つの視点とは、「身体的ウェルネス」「メンタル&精神的ウェルネス」「社会的ウェルネス」「経済的ウェルネス」「環境的ウェルネス」「コミュニティウェルネス」で、設計戦略として、下記の6原則が挙げられている。
・原則1: 特定の分野だけでなく、幅広い分野を取り入れる
・原則2: ひとつの目的にとどまらず、さまざまな側面を考慮する
・原則3: 悪影響を避けるだけでなく、積極的に健康度を高める
・原則4: 受け身の健康から、自ら行動して健康になる
・原則5: 建物や設備だけでなく、日々の運営や仕組みを重視
・原則6: 個人中心から、共同体や社会全体を重視
なぜ今、ウェルネス不動産なのか
GWIは、世界のウェルネス市場動向において、「ウェルネス不動産」が、今後最も注目されるビジネス領域だと位置づけている。なぜなら、健康で豊かな暮らしへのアクセス、持続可能な快適環境の実現、そして、住宅や交通インフラ、オフィスや学校といった、人々が日々使うあらゆる場所が、ウェルネスのコンセプトで開発・整備されるようになり、“ウェルネス投資”が増えていくからだ。研究者は、今後「ウェルネス視点の含まれない建築はあり得ない」と付記している。
ウェルネス市場の変化:ラグジュアリーから日常へ
従来、ウェルネス市場は、富裕層向けのラグジュアリーホテルやリゾートでの、スパやサウナ、フィットネスサービス拡充による市場動向が注目され、ウェルネス不動産においても、高級住宅における洗練された住環境、温浴施設、温泉、スパ、リラクゼーション付き施設に市場が偏っていた。だが、近年は商業施設やオフィス、マンション、高齢者施設、医療施設、学生寮、工業施設などにもウェルネスコンセプトが採用され、ウェルネスの概念が、日常生活のあらゆる場面に浸透してきている。
未来のウェルネス市場機会12 の注目領域
GWIでは、未来の市場機会として12の注目領域を掲げている。「ラグジュアリーから日常へ」という大きな市場の変化のなかで、未だ見過ごされがちな領域であるものの、今後のウェルネスビジネス成長の鍵を握る12の領域を紹介する。
(1)気候適応型建築
(Climate-adaptive building)
地球温暖化による、極端な気象変化への対応が求められる中、耐火住宅、冷却設計、再生可能エネルギーを活用した自立型コミュニティなど、気候変動に対処する建築が拡大している。
注目事例として、オーストラリア・サンシャインコーストの「Aura」、カリフォルニア州「ランチョミッションヴィエホ」などがある。
(2)中間所得層向けの健康住宅
(Healthy homes for the non-rich)
これまで高級ウェルネスレジデンスが注目されがちだったが、より手頃で健康的な住宅へのニーズが拡大している。
注目事例として、ニューヨーク・クイーンズの「Rockaway Village:Wellness Wayイニシアティブ」、オーストラリアの「Redfern Place:ウェルネスコミュニティ設計」などがある。
(3)多様化する共同住宅モデル
(Co-living models will boom anddiversify)
単身世帯の増加と住宅コスト上昇に対応し、ウェルネス志向の共同住宅が、若者だけでなく、一人親家庭や高齢者にも広がりつつある。
注目事例として、ソウル「Mangrove Dongdaemun Co-living」、デンマーク「Stavnsholt Co-Housing」などがある。
(4)神経建築学とアートに基づいた創造的な感覚環境
(Creative sensory environments grounded in neuroarchitecture and the arts)
神経科学の知見を活かし、脳に働きかける空間デザインが、メンタルウェルネスの観点から注目されている。五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)や身体感覚を複数同時に刺激する体験型のアート作品や空間、BGMが融合される。
注目事例として、カンザス大学医療システム「Strawberry Hill Campus」、カナダ・オタワの「Zibi」などがある。
(5)ウェルネス重視の都市再生
(Wellness-centric urban regeneration)
都市の中心部を緑地や文化空間として再整備し、オフィス・住宅・商業・レクリエーションを統合した再生プロジェクトが世界各地で進行している。
注目事例として、ロンドン「Brent Cross Town」、ミラノ「CityLife District」などがある。
(6)地球に優しい持続可能な暮らし
(Earth-friendly and sustainable living)
環境にやさしく、サステナブルな暮らしができる建築・コミュニティモデルの開発。
(7)環境負荷の高い建設のあり方を根本から改善する革新的な取り組み
(I n n o v a t i o n s t o i m p r o ve t h e fundamentally unwell, climatedestroying and wasteful construction process)
環境負荷の高い建設手法を改善する、革新的アプローチの開発。
(8)健康的な食環境づくり
( B u i l d i n g h e a l t h i e r f o o d environments)
日常生活で、人々が自然に健康的な食事を選べるような環境づくり。
(9)ツーリズム(旅行・観光)へのウェルネス導入
(Infusing wellness into tourism infrastructure to underpin wellness tourism)
観光地や宿泊施設、交通における、健康・ウェルネスをコンセプトとしたインフラ整備。
(10)自然との共生
(Embracing the benefits of nature)
緑・自然を豊かに感じられる設計。
(11)医療拠点から健康なコミュニティへの拡大
(Healthcare clusters expanding to healthy communities)
医療施設を中心とした、健康支援のコミュニティ整備。
(12)高齢化対策と健康寿命の延伸
(Improving healthspans and thriving in aging)
高齢者がより長く健康で活動的に暮らせる環境づくり。
日本のウェルネスビジネスの可能性
GWIの調査によると、日本のウェルネスビジネスの市場規模は、世界4位とされているように、自然と共生する健康的な生活様式やコミュニティの在り方に、ウェルネスコンセプトが脈々と息づいている。そのため、かつて水にお金を払う人がいなかったように、日本では、ウェルネスにお金を払う人は少ない。さらに、日本では、国民皆保険に守られ、健康を守ることに投資する人が少ないのが現状だ。
だが一方で、高齢化や核家族化が進み、コミュニティが分断され、健康に最も悪いとされる「孤独」を感じている人や、そうした環境に追いやられてしまう人が増えている。コロナ禍で、人と人との分断に拍車がかかり、メンタルの不調を抱える人は増えている。
ウェルネスビジネスは、人々の身体と心の健康、地域社会の健康、地球環境の健康を守ろうとするビジネスであり、多くの社会問題を解決に導く鍵を握るビジネスである。GWIのレポートにあるように、今後、ウェルネスの概念が、あらゆるビジネスに浸透してい
くのは社会の要請でもある。
「Wellness Business」は、幸せでサステナブルな社会づくりをビジネス活動で実現していくヒントを、国内外の事例から広く収集してお届けしていく。
ウェルビーイングな世界を目指して。日本から世界に向けて提案できる事例も、数多く発信していきたい。
