一般社団法人日本栄養コンシェルジュ協会で代表理事を務める岩崎真宏氏は、管理栄養士、臨床検査技師、そして医学博士として「スポーツ×栄養」の領域で活躍しており、フィットネスクラブを始めとしたスポーツ施設で働く運動指導者とも長年連携しながら、様々なヘルスケアサービスの立ち上げに参画している。
自身も経営者として栄養学を切り口としたサービスを最前線で提供している同氏に、今回はフィットネスクラブに求められる栄養学のポイントおよびトレンド、さらにフィットネスクラブの今後のあり方を訊いた。
筋トレ・ダイエット以外の健康ニーズに応えられる施設へ
今のフィットネス業界は、トレーニングだけを指導する場所ではなくなっていることは周知のとおりだが、その領域はどこまで広がっているのだろうか?
岩崎氏によれば、栄養学は必須であり、そのほかメンタルヘルスや睡眠にまで広がってきているという。今回は栄養学にスポットライトを当てるが、そこだけを切り取っても、幅広いニーズが生まれている。
「今までであれば、食事指導の大きな要素は『筋肉をつける』、もしくは『ダイエットをする』の2つでした。しかし、この2つではカバーしきれない範囲まで、会員さまのニーズは広がりを見せています」と岩崎氏は説明する。
それらに共通するポイントが「医学的なエビデンス」があること。その前提があるうえで、世代別やライフステージ(妊娠期・成長期など)に合わせた栄養学、QOL(Quality of Life:生活の質)を高める栄養学の知識を、健康診断で取得した数値も活用したうえで会員さまに還元できるようにすることが、トレンドとして求められているようだ。
マルチなサービスへとシフトしたフィットネス業界の変遷
この機運は、いつから始まったのだろうか?岩崎氏は、このように説明する。「2017年頃までは、先ほども述べたダイエット需要の全盛期でした。極端な食事制限の方法論が数多く現れたのもこの時期でした。そこから2019年にかけて、メディカルの要素が強くなっていきました。
フィットネス業界全体では、より専門性を高めていく路線に進んでいっていましたが、この時期もとがり過ぎた方法論に進む傾向にあるように見受けられました」。岩崎氏はさらに続ける。「ところが、2020年に発生したコロナをきっかけに、マルチな路線へとシフトしたと思っています。
理由は、老若男女の誰でも罹患する可能性のあるウイルスに対して、真の健康需要が顕在化したからです」例えば、極端な糖質制限やファスティングなどを行うと、十分な栄養が摂取できずに免疫力が下がる。そうすると、感染リスクが高まるなかで、専門的すぎるかつ狭すぎる知識よりも、バランスよく幅広い知識が求められるというのが現在のトレンドだ。
フィットネスクラブは栄養学の“How” ではなく“Why” を学べ
インターネットが普及し、わからないことがあればすぐに調べることができ、社会全体として栄養学の方法論(How)について一定のリテラシーが生まれているなかで、それだけを伝えても会員さまには響かない。
極端な方法論についても、良し悪しを選別できるようになりつつある彼らが本当に求めているのは、その人にカスタマイズされ「理由(Why)」である。
「『あなたの身体の状態は現在こうで、それを改善するためには、こうする必要がある』という文脈があるだけで、全く説得力が違います。そうするためには、各種栄養素について学ぶというよりも、身体の仕組みである生理学や生化学を学ぶ必要があると思います。正しい評価方法で会員さまの現状把握とフィードバックができるように心掛けるといいですね」と岩崎氏は話す。
新たな食事・サプリメントのトレンド3選
それでは、ずばり岩崎氏の目から見て、現在増えている食事・サプリメントのラインナップのキーワードとは何だろうか?それらは下記である。
①腸内細菌
②エネルギー補給としてのMCTオイル
③植物由来
「もちろん、従来からあるホエイプロテインや、高たんぱく質、低糖質、低カロリーの商品も引き続き人気が高いです。しかし、消費者のリテラシーの高まりの影響で、それ以外の商品についても伸びてきています。特に顕著なのが上記の3つだと思います」と岩崎氏は述べる。
なぜそれが必要であると捉えられているのだろうか?例えば①の乳酸菌であれば、腸内環境を整えるほか、最近の研究では免疫力を高めるとも言われ始めている。
②のMCTオイルとは中鎖脂肪酸(Medium ChainTriglyceride)を多く含むオイルを指し、医療現場で拒食や食事不食に伴う虚弱に対して吸収が早いMCTオイルがエネルギー補給のために用いられてきた。近年ではスポーツにおけるエネルギー補給にも利用されるようになった。
大豆以外の豆類からたんぱく質を取れるプロテインが続々と登場しているという。そら豆由来のプロテインは「ピープロテイン」とも呼ばれ、大豆にアレルギーがある人でも植物由来のヘルシーで環境負荷も少ない商品が食べられるようになってきている。
ヘルスケアの大転換期におけるフィットネスクラブの強み
今まで岩崎氏が述べてきた「マルチなニーズ」が求められるなかで、それに応えられるプレイヤーは医療機関ではなくフィットネスクラブであると岩崎氏は断言している。体調をすでに崩している人しか利用できない医療機関とは異なり、自分の健康状態を気に懸 ける圧倒的なマス層にアプローチできるからだ。
そのようなトレンドの変化により、フィットネスクラブとしての集客の切り口も変わってきていると言う。「ダイエット需要全盛期では、『太ってしまった人を痩せさせる場所』として集客することがメインでしたが、今はそれ以外の色々な理由付けで集客をすることが求められています。
『睡眠の質を高めたい』『食事で身体を整えたい』などのニーズにも予防医療を提供する施設としての立ち位置でアプローチが可能になってきています。これは業界として大チャンスだと思っています。あとは、その施設が自社の得意なサービスをターゲット顧客に合わせて訴求し、提供するだけですから」と岩崎氏は話す。
フィットネスクラブとクリニックの連携が増加
最近では、クリニックのなかにフィットネスクラブを併設したり、同じ地域にある別々の施設が連携したりするケースが増えていると岩崎氏は述べる。いわゆるメディカルフィットネスだ。Fitness Business通巻118号のHITITEMでも特集した領域なので、この機会に読み返してもよいだろう。
健康な状態の人も様々な理由で通うフィットネスクラブと、慢性疾患を抱える人が多いクリニックが連携することで、地域のヘルスケアステーションとしての役割や、実現できることが益々増えてきている。そして、急性疾患は病院で治療するという棲み分けがきちんとなされれば、ヘルスケアおよびウェルネスを3段階でサポートできる仕組みができあがる。その入り口にいるのがフィットネスクラブだ。
ヘルスケアステーションに加え 健康の教育の役割も担う
最後に、岩崎氏が見据えるフィットネスクラブのあるべき姿について訊いた。
「私の意見では、健康の教育機関のようになっていくといいなと思っています。健康に関する知識というのは、実はまとめて学べる場所が意外とないのです。義務教育もそうですし、病院でも教えてもらえません。だからこそ、 まずは友人に相談するくらい気軽に健康の相談ができる場所を目指し、そこから発展していくことを願っています」 そのときに必要なことを、岩崎氏は「演劇力」と定義している。
「イギリスやオーストラリア、アメリカなど日本以外の先進国の教育現場では演劇教育が必修科目となっており、 コミュニケーション能力とコミュニティ形成において演劇力が不可欠と考えられています。皆さんも身近に思い当たるところがあり、得意としている ことだと思います」一呼吸置いて、岩崎氏は続ける。
「そうです。パーソナルトレーニングのトレーナーやスタジオレッスンのインストラクターなど、この演技力を使ってお客さまが楽しみながら身体の動かす方法を、すでに教 えていると思います。人気のある人ほど、その傾向は顕著です。このスキルを、次は幅広く健康領域にまで広げていけば、実現は可能だと考えています」と岩崎氏は期待を込めて話す。