• アイレクススポーツライフ株式会社
    第2営業部 統括マネージャー
    黒田 悠太氏
     

アイレクススポーツライフ株式会社(以下、アイレクス)は総合型クラブ、24時間ジム、スタジオなど、多様な業態のフィットネス施設を、愛知県で25店舗展開している。同社も例に漏れず、2020年以降は新型コロナウイルス(以下、コロナ)の影響で業績に打撃を受けたが、会員に本当に価値を感じてもらえるサービスを見直し、結果的に顧客単価の向上に成功している。あの逆境から、どのように立て直しを図ったのだろうか?

今回は、アイレクスの営業統括を務める黒田氏に、その取り組みを惜しみなく話を訊いた。

あまり利用していない会員が施設から離れていった

「とにかく、生き残ることに必死でした」。黒田氏はこう話を切り出した。

2年前、突如として現れた感染力の高い謎のウイルスによって、ビジネスモデルを根本から見直す必要に迫られたのは、多くの読者であるフィットネス事業者も同じだろう。

「毎月、当たり前のように入ってくる会費収入だけに頼ることが難しくなりました。そして、あまり施設に足を運ばれない、いわゆる幽霊会員の方は退会されていきました」と黒田氏は当時を振り返る。

この状況下で、残念ながら再建の道を見いだせず、閉店を余儀なくされたクラブも少なくないなかで、アイレクスはしっかりと変化に対応し、会員数はコロナ前の水準に至らずとも、顧客1人あたりの売上を底上げすることに成功。同社はハクヨグループの一員としてフィットネス事業を営んでいるが、母体となるハクヨコーポレーションは元々、1918年(大正7年)に材木業から創業した100年企業である。

恐慌や大戦、さらにはパンデミックを経験しても存続できているのは、繰り返しになるが「変化に対応」してきたからだ。かの有名な生物学者であるダーウィンの進化論は、企業の存続にも当てはまると言えよう。それでは、アイレクスはこの2年間で、どう変化していったのだろうか?

最優先にするべきは単価ではなく会員定着率の向上

アイレクス・ライト+24 岡崎戸崎店
アイレクス マイスタイル+24 豊明店

アイレクスは、最初から顧客単価を上げることを目指したのではない。まずは、しっかりと同社が提供するサービスのターゲット顧客を見つめ直し、ニーズを深掘りすることで「会員の退会を減らすにはどうすればよいのか」ということを突き詰めていったのだ。

まさに「穴の開いたバケツ」を塞ぐことからのスタートである。

「会員さまにとっての優先順位は、コロナによって変化したと気付きました。そして、本当に価値を感じていただけることにしか、お金を支払わないようになりました。そのため、『フィットネスクラブをいつでも利用できる権利を、なんとなく持っていた』という人もコロナ後は顕著に減りましたね。それは今思えば、当然のことなのですが」と黒田氏は言う。

同氏が担当しているのは、アイレクスブランドのなかの2つの事業形態で、1つはライトと呼ばれる24時間ジムとヨガスタジオが合わさった施設、もう1つはマイスタイルと呼ばれるブティック型の24時間ジム+複数のスタジオで好きなプログラムを楽しめる施設だ。下記に、ここへ足を運ぶ会員の声を紹介する。

・リモートワークで運動不足を実感するも、家では運動を続けられなかった
・コロナで人と接する機会が減った
・時短して運動をしたい
・肩こりや腰痛を改善したい

これらは、同社のライトやマイスタイルのように、メインターゲット層が20~40代の女性の場合の声である。自社のメインターゲット層を見極め、顧客の本音を聞き出し、そのニーズにまずは対応することで退会抑止を試みる必要がある。

ニーズに基づいた新しい取り組みをまずは小さく始める

それでは、アイレクスブランドのライト・マイスタイルはどのような取り組みをしていったのだろう。

ゼロからスタートをする場合は特に、段階を踏んで進めていく必要があるが、まずは会員とスタッフの接点を増やしていくことで、継続率を高めることに専念したと黒田氏は話す。

具体的には、初回入会時に体組成計での測定と、アイキットと呼ばれるサーキットトレーニングのご案内を徹底。アイキットを10回実施後に、改めて測定していただくことで、身体の変化を数値で実感できるだけでなく、そのときにスタッフとコミュニケーションも生まれる。このタッチポイントの創出によって、顧客の体験価値とエンゲージメントも高まっていく。

ここまでの取り組みは、顧客単価に直接は影響してこないが、重要なステップと言える。

「会員さまのエンゲージメントがない状態で、商品をオススメすることは、『押し売り』となってしまいます。我々は業績が苦しい状況下でも、それだけはしないと決めていました」と黒田氏は強調する。

会員にサービスの本当の価値を感じてもらえるようになって初めて、顧客単価の向上につながる取り組みを試験的に数店舗から始めていった。会員から見た出費も、取り組みそのものも、まずは小さく始めていくことで、失敗したときのリスクを減らし、PDCAサイクルを何回も回すことで成功に近づいていく可能性が高まる。

顧客の反応を確かめて需要のある施策の規模を拡大

アイレクスブランドのライトは従来、ほぼ100%会費収入による売上のみだったが、そのほかの収入の比率が徐々に増え、今では約15%にまで伸びた。まずは会員種別の追加とパーソナルトレーニングの提供の開始について触れるが、従来のレギュラー会員に加えて3つの会員種別を増やした。

ダブル会員とは、2人1組で会員になることで、1人あたりの会費が1,000円ずつお得になるプラン。ここだけ切り取ると単価は下がるが、一緒に通う仲間がいることで継続率が上がり、30分3,900円のパーソナルトレーニングの利用などが相まって、結果的に顧客単価も高まっていると言う。

仮にパートナーが退会してしまっても、2ヶ月以内に誰かを入会させれば、ダブル会員を継続できる仕組みだ。

そのほか、パーソナルトレーニングが月に1回、もしくは4回含まれているプランも追加し、既存のレギュラー会員からのグレードアップ、新規入会時のご案内による申し込みを通じ、会員数を増やしている。さらに、プロテインをはじめとした物販も開始。

「パーソナルトレーニングを通してお互いに信頼関係が生まれた状態であれば、会員さまは喜んで商品を購入してくださります。現在はプロテインのみならず、美容やコンディショニングなどのグッズ、ヨガウェアも取り扱い始め、こちらも広げていきます」と黒田氏は展望を話す。

テーブルを活用した物販スペース

付加価値サービスの土台は人材教育と業務効率化

ここまで、アイレクスの取り組みを見てきたが、フィットネスクラブがサービス業である以上、その成功のカギを握るのは「人材」にほかならない。

「コロナの直後は、会員さまとのタッチポイントを増やすに比例して、現場スタッフの業務負担も増えてしまい、かなり苦労をさせてしまった部分もありました。しかし、各種数値の集計業務を本部に集約することで解決していきました」。さらに黒田氏は、こ
う続ける。

「パーソナルトレーニングも、サービスの質を担保するために、研修体制を整備しています」

これらができると、現場スタッフは会員へ価値を届ける業務に集中することができる。

グループパーソナルを活用したコミュニティ形成を模索

アイレクスはすでに、新規入会者の運動習慣づくりのサポートに注力しているが、今後は会員同士のコミュニティ形成に向けて「グループパーソナルトレーニング」を提供するクラブインクラブのモデルを目指している。

「短期的に業績アップを目指したくなる気持ちはわかりますが、一番大切なことは会員さまに体験価値をしっかりと届けることです。それができた状態で、改善を繰り返すなかで後から付帯収入がついてくると思います。おかげさまで、2022年度はコロナ前の売上水準回復も目の前のところまできましたが、まだまだ新しい取り組みにチャレンジしていきます」と話す黒田氏は、さらにその先を見据えていた。