自己実現を引き出す・男性がいないプライベート感・悩みを言える保健室
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大西珠美氏株式会社プラスワン代表取締役
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中西郁成氏株式会社フィンド代表取締役
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中井恵氏野村不動産ライフ&スポーツ株式会社メガロスルフレ心斎橋店 支配人
コロナ禍で受けたダメージから、回復の兆しが見えているクラブとそうでないクラブがある。各フィットネス事業者は、あらゆる方法を模索しているが、新たな打ち手が目立ちにくい状況では、未顧客や退会・休会者にフィットネスの価値を強く訴求することは難しいだろう。そのなか、withコロナ、after コロナを見据えて、女性特有のニーズにターゲティングし、持続的なビジネスモデルを構築しているクラブは、生活者の真のニーズを突いている。水際対策やマスクの着用制限が緩和された今、我々は、どのような価値を訴求するべきなのだろうか。あと2〜3割に戻ってきてもらうためのヒントとは? 成功の一途を辿るジム(表1)に訊いた。
「その人にとって」を提供
プラスワンは、2022年4月、福岡県福岡市にグランドオープンした。それまで東京・白金でマシンピラティスのスタジオを営む大西珠美氏と、プロキックボクサーの関根朝之氏、株式会社ワンサードフィットネスを運営するソ・カルビン氏が共同経営している。
プラスワンが応えようとしたニーズは、主に、健康美容意識の高いすべての年齢層の女性の自己実現。コンセプトは、「すべての人がなりたい自分になれる」「なりたい自分に欲張りになる」。自己実現を叶えた後に湧いてくる欲求に応え、プラスに導いていくことを目指している。例えば、入会時には、スタイルの良い女優を目指していた会員が2ヶ月後には健康的な筋肉質の体型を目指すようになるなど、自分に自信がついたからこその思いを引き出し、叶えていく場所を提供しようとしている。
出店した福岡市は、男性よりも女性が多いとされ、20代後半から30代前半の女性が多いとされている。美容にかける投資額で日本一になったこともある。
強い欲求に応えるためにこだわったのは、プログラムの内容だ。プラスワンでは、マシンピラティス×キックボクシング×筋トレを完全個室のマンツーマンで提供している。会員の目的によって、その日のセッションでどれをどのくらい行うかをトレーナーがコーディネートする、毎回完全オーダーメイトだ。これには、共同経営者が強みとしている部分を組み合わせることでそれぞれの弱みを補えるというメリットがある。例えば、マシンピラティスは、姿勢づくりやメリハリづくりができる。正しい動きを学習しながら可動域を広げ、姿勢とコアを整えることで、筋トレでの効果が最大化されやすい。男性でも、スポーツパフォーマンスの向上や、怪我の予防やコンディションの観点から人気を博している。だが、短期での減量には向かない。
キックボクシングではその点を補うことができる。ダイエットに向き、楽しく有酸素運動ができる。また、身体を動かしながらのマインドフルネスの要素が含まれている。一瞬に集中するマインドフルネスだ。これは、現代人のマルチタスクをシャットアウトできる環境をつくり、頭の中をクリアにして、幸福度が上がるようにしている。コロナによる精神面での健康被害を考慮したという。
実際の会員層は、20〜30代の女性が多い。男性は2割程度おり、会員数は50を超えた。会員からは、見た目の変化を喜ぶ声だけでなく、自分に自信をもてるようになったという声があがっている。運動効果がモチベーションを喚起している。
会員のニーズに合わせた運動を毎回行い、なりたい自分に欲張りになることにこだわった結果、継続率は99%だという。
今後の目標について、’22年10月に秋葉原に2店舗目を出店し、その後、 FC展開を目指す。大西氏は、プラスワンにくれば全部そろう状況をつくっていきたいと話している。成功のポイントについて訊いた。「『クライアント一人ひとりにとって』を提供することです。今は、経営側目線のサービスが多いです。大切なのはどう売るか、売り方ではなく、顧客視点です。クライアントが本当はどうなりたいかを聞き出して、一緒に叶えていくからプラスワンなのです。それは、トレーナーも含めて、関わる人全員にいえます。短期間で一瞬だけ痩せても『安かろう悪かろう』では運動は続かず、続けていなければ身体もメンタルも変わりません。習慣づくりはフィットネスビジネスの基本です」
大西氏は、さらに続ける。「自分の理念を大事にしてください。私の理念は、『自分らしく他人と共存する』ことです。その理念を誰かのためにと思って活動していればフィットネスはたくさんの人に必要とされます。やり方さえ間違えなければ誰でもうまくいきます」
今一度、自分自身のビジョン・ミッション・バリューに立ち帰ろう。そして、応えたいニーズを掘り下げてみる必要があるのではないだろうか。例えば、今、在籍している会員に、「その人にとって」何がフィットしているから継続できているのかを聞いてみよう。大切なのは、顧客の声を起点にすることだ。
このニーズの掘り下げに成功して、会員から高い満足を得ているジムがある。東海に出店しているCACHIEだ。
男性がいることすら嫌
CACHIEは、’21年1月に三重県四日市市店、’22年6月に岐阜県本巣市店をオープンした。CACHIEを運営する株式会社フィンド代表取締役中西郁成氏は、それまで運営していた個室パーソナルジムWINATEで、会員の声に耳を傾けていた。「ほかの24時間ジムに入会してみたけれど、男性客から声をかけられたり、頼んでもないのに色々と教えてきたりといったことがありました。もう行きたくなくなってしまいましたが、運動はしたかったので、WINATEに入会しました」(会員)
当時、女性専用ジムは周辺になかったが、そのニーズがあるとみた。ヒアリングを続けていくと、「『人から見られるのが恥ずかしい』、『落ち着かない』、『汗や声が不快』といった声はもちろん、『男性がいるだけで嫌』という声もはっきりと聞くことができました。また、格安業態では内装はおしゃれではなく、気分が上がらずアメニティもないなど不便さが顕在化していました。WINATEの会員層は女性が9割を占め、その半分の人が移籍でした。入会時点でこれまでのジムに対する不満が爆発しており、パーソナルトレーニングが求められているというより、ジムの選択肢が少なく、高い月会費になってもいいのでこの不満を解消したいという声が多数でした。月会費がハードルとなり、行き場をなくす人もいました」
そこで、「新たな付加『価値』を」という想いを込めて、CACHIEを構想した。
施設は女性専用で、女性が特に気になりやすいお尻周りや太ももなどを鍛えるマシンを中心に初心者でも使いやすいようセレクトした。アメニティは高品質なサロン専売品を用意した。
さらに、岐阜県本巣市店のレイアウトは、三重県四日市市店で生まれたある仮説を活かし、共有スペースをなくし、あらゆる場所を個室・半個室とした。「会員同士のコミュニティが形成されることでトラブルを招くことがあります。ならば、そもそもコミュニティはない方がいいのでは?と考えました。例えば、総合型クラブなどのスタジオレッスンに参加して気疲れした方や、スタッフから話しかけられることすら気にかかるという方もいたのです。1人で自由に運動できる環境のニーズを掴んでいました。そこで、プライベート感があるような設計にしたところ、相当喜んでいただいています」
会員の属性は、20代が6割、30代2割で平均32歳。全体の約6割は運動が初めてだという。
初心者に対しては、タッチポイントを絞り、無料のマシン指導2回を確実に行うようにしている。1回目で約7割を教え、2回目で、残りの3割の説明を行う。それ以降も何度でも無料で説明を行う。これら以外も様々な施策により、1号店では10 ヶ月も続かなかった高い解約率が半減した。まだまだ改善できると見込んでいる。
これまでの実績について、1号店は開店1ヶ月目で単月黒字、8ヶ月目で利益率44%、2年半で初期投資を回収見込みだという。その理由について中西氏は、女性専用ジムがないエリアへの出店とサービスの付加価値を挙げている。
そして、販促面では、毎月数百万円をweb広告などに投資し、念入りに LPをつくり込んだ。むしろ安いと感じられるようにアピールしたという。「お客さまと直接お話すると価値が伝わりやすいですが、出店初期は自然発生的な集客は難しいです。LPから見学への導線をつくった結果、8割強は入会につながっています。最初は入会率が約5割でしたが、見学対応するスタッフにセールスの教育を徹底的に行ったこともあり、成果につながっています」
今後、FC展開を計画しており、すでにオーナーを募集している。まずは全国100店舗以上の出店を目指す。フランチャイジーには、フィットネス事業の持続的な収益性を示し、初期投資負担を抑えるべく、下記を提示している。
- ロイヤリティは初期は変動型、安定期は固定型のハイブリッド
- 開店5ヶ月で単月黒字化・単月黒字化までロイヤリティはなし
- 2年9ヶ月で投資回収
- 複数店舗同時オープン、複数同時契約はしない
中西氏は、成功のポイントについて、ニッチ戦略(選択と集中)を掲げる。「若年層の女性の1人で運動したいニーズに絞り込みました。安易に格安業態を展開しても、特徴がなければ勝てません。フィットネス業界を俯瞰してみると、24時間業態が多く出店し、格安業態が増えていますが、今後は細分化・多様化するニーズに応えるマニアックなジムが増えていくと見ています。そのフェーズを先取りしています」
では、ニーズの粒度はどこまでになるだろうか? また、どのようなポジショニングをすれば、会員に想起してもらえるのだろうか? この答えとして、ブランドを「保健室」と位置づけ、女性のライフサイクルごとに変化するニーズに応え続けるジムがある。ルフレだ。
悩みを打ち明けられる保健室
ルフレは、メガロスが展開している女性専用のジムスタジオだ。全国に5店舗展開している。メガロスルフレ心斎橋店支配人中井恵氏は、ルフレは社内プロジェクトで新しいビジネスモデルをつくろうとしたことから始まったという。「選抜された女性社員が数名集まり 30〜50代の女性約500人に調査したところ、女性特有の悩みを抱えている方が9割もいらっしゃいました。そのうち、『悩みを解消したいけどどうしたらいいかわからない』という方が4割にのぼりました」
女性の社会進出が拡大するなか、ストレスや身体の不調、若年性の更年期障害などを相談できない現状が明らかになった。そこで、悩みを打ち明けたり、解消したりできる「保健室」を目指したのがルフレの始まりだ。
コンセプトは、「今を生きる女性が美しさと強さを備え、輝く日々で満たされる」。ルフレは、フランス語で「輝く」という意味で、’16年6月、恵比寿に1号店をオープンした。
保健室となるべく、ルフレは婦人科医と連携しGazeを開発した。Gazeは、「自分を知り、見つめる」ことから着想し、美尻、美脚、美胸、美腸などのプログラムがある。
ルフレでは、会員にカウンセリングを行なってGazeなどのあらゆるプログラムを提案している。カウンセリングは、個々の身体の特徴を把握したうえで年齢や体力レベルだけでなく、ホルモンバランスからくる女性特有の悩みを改善できるように監修されており、どのような場合にどのようなプログラムが適するかを選ぶ指針となる。例えば、生理の前後によって異なるコンディションに対して、激しく動きたいときは高強度のプログラム、不調なときはヨガなどの調整系など、体調に合わせて豊富に選べる。ほかにも、ハンモックや暗闇系、サーフ系などトレンドのプログラムやファン要素を織り交ぜている。
カウンセリングのタイミングは、心斎橋店では、初月、2ヶ月目、3ヶ月目、4ヶ月目の毎月1回、InBodyの計測で変化を確認し、目的に応じた運動の提案を行っている。
販促面では、コミュニケーションの内容をコンセプトに絞り、保健室という拠り所や、プログラムが選べる点を訴求した。現在の運営状況は、東京は30〜50代が多く、大阪は20〜40代の働く女性が多い。
この保健室が評価され、’19年、「一般・公共向け取り組み・活動」部門でスポーツクラブ業界初となるGOOD DESIGN賞を受賞した。さらにニーズに応えるべく、新たな女性向け業態としてActy BaseとDietoを展開している。Acty Base は、クラブインクラブの業態で立川、錦糸町に展開。Dietoは、京都河原町で2年前にオープンし、女性のやせたいニーズに特化してHIIT を行っている。
今後は、会員数を増大させながらも、ライフステージに合わせて女性のニーズのすべてをサポートできる存在になろうとしている。その先駆けとして、心斎橋店と麻布店にはキッズスクールのミライクを導入した。
「お子さまも含めて一緒に元気になれる場所を目指します」
成功のポイントについて、中井氏はキャスト力を挙げる。「『人の力』を上げています。キャストの高い提案力が、お客さま1人ひとりにあったカウンセリングにつながります。ジムの手続きの簡略化やAIマシンの導入などで人が携わらずともできることが増えていますが、人がいることで会員さまが輝けるような人間力がポイントになると捉えています。人を大事にし、人とつながっていくことを大切にしています」
ターゲティングしたニーズの粒度
女性のニーズをターゲットとしたクラブでは、以下のことがコミュニケーション要素になるのではないか。
- 潜在的なニーズまで掘り下げる
- 生活者が「自分に合っている」と感じる
- 安さだけでは続けられない
例えば、プラスワンはなりたい自分を引き出し、CACHIEは会員の深層心理に迫り、ルフレは明るみに出しにくい悩みに手を伸ばし、表面的なニーズから潜在的なニーズへ深掘りしていった。また、プラスワンはプログラムでニーズにフィットし、CACHIEは環境でニーズにフィットし、ルフレはカウンセリングでニーズにフィットしている。そして、3クラブに共通しているのは、自クラブの価値をしっかりと構築したうえでコミュニケーションし、会員の継続を担保しようとしていることだ。
フィットネス事業者は、ビジョン・ミッション・バリューに立ち返り、ビジョンドリブンで発想することが大切になっている。