アイレクススポーツライフ株式会社(以下、アイレクス)にて施設デザインやコンサルティングを手掛ける中村良明氏。本誌のSpace Designの連載コーナーでもお馴染みで、施設や設備に精通している同氏が、現在フィットネスクラブが講じるべき安心・安全対策を顧客目線で分析した。そして、同氏のこれまでの施設開発の経験値も交えて話を訊いた。多くの人が集まり、賑わう施設を目指すためのヒントをお届けしたい。

  • 中村良明氏
    アイレクススポーツライフ株式会社
    デザイン&コンサルティング
    チーフディレクター

会員が施設に対して感じる3つの不安

そもそも、安心・安全とは何か? 中村氏は最初に、こう問題提起を行った。そして、「不安や危険(リスク)をなくした状態」と言い換えられると中村氏は説明する。フィットネスクラブにとっては、入会者や利用者が主語となる。まずは、この大前提を押さえたうえで、「3つの不安」を会員目線で中村氏が考えてみた。

①きちんと面倒を見てくれるか

最初に挙げられたのは、特に入会時に会員が重要視する「面倒見」の部分。初心者層は放っておかれると、何をどうすればいいのか迷ってしまうことが多いだろう。どういう運動をどれくらいのペースで行い、そのためにはどういった器具や設備を使い、ときにはどのようなプログラムに参加すれば、自分の目標に近づきやすいのか、自分自身でわかる人のほうがまだまだ少数派ということだ。

②もしものときに助けてくれるか

次は、万が一利用中倒れてしまったときなどの「対処」の部分。中村氏の言葉を借りれば、フィットネスクラブに対する不安として「いざというときに本当にこの施設は自分を救ってくれるのか?」という趣旨のネット上の投稿も散見されるという。近頃は無人営業時間を設ける施設も増えてきたが、スタッフが不在の間でも対応が素早くなされる体制が整っていることが伝わらないと、顧客は不安に陥るだろう。

③環境は整えられているのか

最後は、施設・設備の「保守管理」「衛生管理」の部分。①や②に比べると、この観点はコロナ以降により重要視されるようになったのは間違いない。加えて、施設や器具の管理が行き届いているのかどうかも大切なポイントとなる。

感じる不安の根源となる5つのリスク

先ほどまで、安心の裏側にある不安にフォーカスをしてきた。安全の対極にあるリスクについて考えていきたいが、このリスクこそが不安の根源となるので、安心・安全対策を行ううえではこの部分をなるべく排除できるように努める必要がある。中村氏が考える、会員目線でのリスクは図1に5つ取りまとめた。

1、2、3については「①きちんと面倒を見てくれるのか」、4については「②もしものときに助けてくれるか」、そして5については「③環境は整えられているのか」と主に関連する。このように体系立てて捉えることができると、対策が立てやすいだろう。ただ、どれも並列で考えるというよりは、そのなかでも特にどの部分を会員が不安やリスクに感じやすいのか、自身の施設で傾向を把握することが肝要だろう。

会員の不安へのアプローチ事例

まず、「①きちんと面倒を見てくれるか」の観点では、入会時の説明を丁寧に行うことがとても大切になる。もちろん、何がどこに備え付けられているということも、施設見学のときに説明するだろうが、館内のルールについても入会時点できちんと理解いただくオペレーションが求められる。

例えば、土足を禁止しているジムもあれば、許容しているジムもある。室内履きであっても脱がないと使えないエリアもある。浴室やサウナ内での会話のルールもそうだが、こういったルールを誰かが守らないと、ほかの会員にも不安が及ぶことになる。「この部分は『安心』の要素が大きいので、スタッフがしっかりと説明することで解決するのがいいと思います。入会時以外にも、フロントやジムにいるスタッフにいつでも質問できることを周知しつつ、その雰囲気も醸成することで、迷う人やルールがわからない人を減らしていきましょう」と中村氏は勧める。

次に、「②もしものときに助けてくれるか」の観点では、監視カメラを活用している。万が一の場面を発見するのは、その場にいた人がほとんどだが、カメラで撮影された映像によって、発生状況の検証や事後の再発防止策に役立てている。

一方で、トイレ、浴室、ロッカーなどのカメラの設置ができない場所については、非常ボタンやインターホンといった通報システムを設置することで代替している。無人営業の業態も増える昨今、会員からの通報で事なきを得る事例も少なからずある。急な体調不良で自分では非常ボタンを押せないというケースもあるだろう。そのため、警備会社との連携強化以外に会員同士の助け合い体制も構築できるとよいのかもしれない。

AEDについては壁に埋め込むかたちで、アイレクスの全店舗に設置。基本的には、会員もスタッフも導線として必ず通る場所を選ぶことで、覚えやすい(思い出しやすい)工夫を凝らしている。

人が介する部分で言うと、スタッフが保有する救急救命資格を店内のスタッフ紹介コーナーに併記することで、いざというときに動ける人材がいるということも伝えるようにしている。

最後に、「③環境は整えられているのか」の観点では、施設、器具のメンテナンスが行き届いていることが大前提となるなかで、特に同氏がしっかりと気を配っているのが転倒事故の予防である。「転倒事故は、皆さんが思っているよりも意外に多く発生しています。水場の滑り止めや段差の手すりなどは、施設デザインの段階で設置を決めることで、万が一の事故を予防するように努めています」

また、コロナ対策についても、換気機能の向上や空気清浄機の設置などの策を積極的に講じている。水質管理も、保健所の指導や法令を遵守するかたちで、衛生管理体制を整えている。

安心・安全対策を様々な方法で可視化する

会員に安心感を持って足を運んでもらうためには、対策や配慮がなされていることが効果的に伝わらないと意味がない。思い付く方法としては、施設内の掲示のほか、ホームページ、SNS、チラシなどへの掲載だろう。もちろん、この直接的な方法が功を奏することが多いが、それ以外に方法はあるだろうか?「1つは、FIA認定施設として登録することでしょう。第三者となる公的機関に認定されているということが、会員さまの安心感に一役買うと思います」

2020年から始まった本制度の基本的な条件は下記の図2を参照されたい。また、’22年12月8日に、同じく FIAによって「新型コロナウイルス感染拡大対応ガイドライン」が改定された。こちらはP96に改定の要点をまとめている。「もう1つは設備や器具の設置そのものが掲示の代わりになりますね。先ほど述べた監視カメラ、AED、緊急ボタンに加えて、血圧計や体温計でバイタルデータが取れることもアピールになるでしょう。また、温浴施設の水質チェックも、一種のパフォーマンスのようなかたちで見える化はできますね」と中村氏は付け加える。良い意味でわざとらしいくらいでないと、会員に安心感として伝わらない。それくらいの意識で、やっと伝わるのだろう。

施設デザインに求められる両立性の視点

中村氏はフィットネス施設の空間プロデュースを得意としていることは連載でも明らかであるが、とはいえベースとなるのは安全性であると強調する。それを損なわない範囲内で、デザイン性も追求する「両立性」が空間プロデュースの鍵となる。実際、アイレクスとして独自開発したパーテーションも、安全性に加えて圧迫感のないデザイン性を両立させ、同業他社が営む多数のクラブで愛用されている。

重大事故を未然に防ぐハインリッヒの法則の考え方

施設を運営している以上、100%未然にすべての事故を防ぐことは難しい。そのため、施設賠償責任保険への加入を中村氏は強く勧めるものの、善管注意義務は守る必要があろう。そこで大切な考え方が「ハインリッヒの法則」である。「1件の重大事故の裏には29件の軽微な事故と300件の怪我に至らない事故がある」という法則で、重大事故に至る前の段階で、最悪のケースを常に想定して対策を講じることが、真の安心・安全対策であると述べている。運よく事故が起きなかったという状態のままで放置していないか、この機会に一度見つめ直してみてはいかがだろうか?