プライベート・エクイティ・ファンドのJFXDは、2022年に倒産したTRXを買収。同ファンドの代表ジャック・デイリー氏がCEOとしても就任し、TRX2.0として、創始者のランディ・ヘトリック氏とともに、TRX第二章を始動させた。SPORTEC2023に来日した同氏に、投資家の視点から見たTRXとフィットネス産業の可能性について訊くとともに、その人柄にも触れた。

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    新オーナー&CEOに、
    投資家のジャック・デイリー氏が就任
     

まず、簡単な自己紹介からお願いします。

私はフィットネス業界にとっては新しい存在です。2022年にTRXのオーナーとなりました。それまで25年間ウォールストリートで働いており、大企業の売買の仕事にも携わっていました。学生時代は、機械工学を学び、その後、6年間教壇に立っていたこともあります。

ビジネスとしてフィットネスと関わるのは初めてですが、自分の人生ではずっとフィットネスを続けています。2年前にウォールストリートの仕事を退職する際に、妻と約束をしました。これまで自分たちで稼いできたお金を、自分たちに投資しようと。自分たちの、健康、ウェルネス、ハピネスに投資しようと約束をしました。この約束がTRXのビジネスに結びつきました。皆さんは、TRX創始者のランディ・ヘトリックをご存知でしょうか。ランディは私の古くからの友人でもあります。

ここ数年、投資家の間では、フィットネスへの投資を後退させ、躊躇し続けているにも関わらず、JFXDは、TRXへの投資を決めました。フィットネス業界、特にTRXに投資した動機は何ですか?

私は25年間投資の世界にいましたが、マーケットがいいときもあれば、悪いときもあります。こうした景気の波には、大きな波と小さな波があります。投資家としての経験から、多くの人が積極的に投資をしているときよりも、投資が後退しているときに投資をしたほうが、いい結果が得られることが多いのです。そのことから、このタイミングでのフィットネス業界への投資はいいと判断しました。

その一方で、TRXへの投資に関しては、タイミングに関係なく有効だと判断しています。それは、TRXが素晴らしい可能性を持つ会社だからです。

そして何よりも大切なのが、関わっている人が魅力的であることです。こうした要素を備えたうえで、企業価値評価(バリュエーション)を見極めることを大切にしています。

投資の際に「市場機会を見極める」というお話がありましたが、今回フィットネス関連企業への投資を決めるうえで重視した、フィットネス業界のポジティブな面として注目している点について教えてください。

たくさんあります。まず、世界的に多くの人々が、健康やウェルネス、ハピネスへの意識を高めています。特に、コロナ禍で思うようにフィットネスができなかったり、人と会えなかったりした期間が続いた分、フィットネスへの需要が大きく高まっています。

また、テクノロジーの進化により、フィットネス事業で多くの革新が生まれていることも注目されます。Myzoneもその1つです。我々も、元ナイキで開発を担当していたマット・ブラウンをチームに招いて、今後、テクノロジー面での開発も進めていきます。こうした点だけでも、フィットネス産業の大きい成長が予測できます。

あなたのリーダーシップ・スタイルはどのようなものですか?

私としては、シンプルに「チーム」を重視しています。今回、シニアマネジメントチームを一新しました。フィットネス分野、ビジネス分野を始め、それぞれの分野で世界レベルの知見と実績を持つメンバーです。取締役会でも、対話を大切にしていきます。取締役の1人、マーク・フィールズは、自動車メーカーのマツダのCEOを務めた人物です。また、スーザン・シュレインは、パイロットの経験がある人物です。様々な分野で活躍するトップ人材を集め、TRXの経営についても、それぞれの視点からの意見を聞きながら、ビジネスを進化させていきたいと考えています。

今後、ビジネスをリードするうえで、あなたにとって最も重要な経営哲学や信念は何ですか?

最適な経営判断を下すために、どのように心がけていますか?

答えは1つです。「いつも、正しい選択をする」ということです。こう言うと「正しいこととは、何ですか?」と疑問がわくかもしれません。「正しいこと」とは、自分の心に問いを立て、お客さまにとって、会社にとって、業界にとって、「正しい」と思えるかということです。

例えば、お母さんに話したときに、「いいことをしたね」と言ってもらえるようなこと。それが「正しいこと」なのです。

ジャックさんご自身は、成功をどのように定義していますか?

私にとっての成功者のロールモデルは、これまで一緒にトレーニングもしてきている96歳のジョンです。ジョンとは、約10年前に通っていたフィットネスクラブで出会いました。「なんて、前向きで、エネルギッシュな人なんだろう」と惹きつけられました。ジョンは、奥さまとも結婚65周年を迎えていて、現在もアクティブに日常生活を続けています。

いつも楽しそうにしていて、好奇心いっぱいに新しいことにチャレンジしています。彼がいると、周りも明るくなって、そのポジティブなエネルギーが広がっていきます。彼のような生き方が、私にとっての成功の定義です。

ジャックさんご自身は、エネルギーをどのように管理していますか?

私は、生まれながらにして幸せでラッキーな人間だと感じています。ある状況下で、ネガティブな考えとポジティブな考えが浮かぶとすれば、いつもポジティブな面を捉えて、ポジティブな行動を選んできています。つまり、ハッピーでいることを選んできたとも言えます。

TRXの今後のビジョン、計画についてお聞かせください。

大きなプランがいくつもあります。まず1つ目に、新商品を開発していきます。また、魅力的な商品を開発する企業のブランドを買収していきます。

直近では、YBellを買収しました。ダンベルとしても、ケトルベルとしても、そのほかにも活用範囲の広いギアです。

ファンクショナルトレーニングの分野で、ユーザーからのフィードバックを分析して、新商品やサービスの開発につなげていく仕組みづくりもしていきます。そのために、TRXトレーニングアプリや、デジタルサービスも拡充していきます。

「TRX2.0」とはどういう意味ですか?

「TRX2.0」とは、特に何か特別なものがあるわけではなく、今回オーナーシップが変わったことを伝える合図のようなものです。TRX創始者のランディ・ヘトリックが会長となり、私が社長になったことを伝え、TRXの第二章の始まりを表現しています。この機会に、ロゴも新しくしました。これまでのロゴが持つパワーをそのままに、新時代を感じさせるデザインにしました。

これまでTRXが築いてきたことを基盤に、新しい時代を築いていこうとする、新しい経営チームで進めていることも表現しています。これまでに、TRX認定トレーナーは世界に35万人います。うち、2/3のトレーナーは、米国以外の国で活躍するトレーナーです。このコミュニティの結束も強めながら、さらに世界の方々にTRXを届けていきたいと考えています。

近年市場が拡大するファンクショナルトレーニング領域で、TRXを選ぶ理由について教えてください。

ファンクショナルトレーニングは、誰でもできて、多くの課題を解決できるトレーニングです。運動の経験がない方でも、息子のようにチームスポーツをしている人、トップアスリートにとっても、有効なエクササイズです。日常生活も改善できますし、世界最高峰で戦う方々のパフォーマンス向上もできます。また、高齢者のモビリティやバランスの維持改善にも有効で、介護予防にも有効です。どんな目的でも、どんな年齢の、どんな体力レベルの方にとっても、課題解決ができるトレーニングです。

そのファンクショナルトレーニング分野の中でも、TRXは、創始者のランディがこれまでやってきたように、革新的で最高品質のトレーニングを提供していく存在でいたいと考えています。そして、ファンクショナルトレーニングの分野では、ワンストップですべてのトレーニングが行える機会を提供していきたいと考えています。

そのためには、商品はもちろん、教育が重要です。ランディは、TRXを商品のビジネスではなく教育ビジネスと捉えてきており、今後の教育機会の拡充も、ファンクショナルトレーニング市場の拡大や、TRXの成長の鍵を握ると考えています。

TRXは最近、戦略的な経営判断から日本での事業体制も変えられましたが、今後、日本におけるTRXに期待することは何ですか?

先ほど私のマネジメントスタイルは「チーム重視」という話をしました。そして、それは単に「チーム」というだけでなく、世界クラスのメンバーで構成されたチームを組織することも大切にしています。

日本の市場についても、多くの時間とエネルギーをかけて、ベストパートナーを見極めてきました。その中で、ジョン・ボードマン氏率いるブラボーグループに出会いました。彼がつくってきた企業のクオリティとともに、高品質な商品、質の高い教育を、ブラボーグループ一緒に提供できると信じています。ジョンさんと初めて会ったときから、彼の人柄にも惚れ込みました。

日本のフィットネス業界関係者にメッセージをお願いします。

まず、皆さんに忘れてほしくないことは、フィットネス産業は、人々が必要としているものであり、必ずお客さまや、市場が戻ってくるということです。世界的に見ると、コロナ禍後の回復においては、日本の市場は、ほかの国に比べて、少し時間がかかっているのは事実です。それでも、世界的に見ると、コロナ禍前以上に、業績をあげているクラブが増えていることもまた事実です。

日本のフィットネス産業も、コロナ禍以前以上に、市場機会が広がり、成長していくと信じています。