健康やウェルネスへのニーズ・意識が多様化するなか、フィットネス各社は、既存会員や興味関心が高い見学者・体験者の潜在願望を探りあてる必要がある。その後、「利用体験を通しての価値」をどのように提供し、いかに満足していただき、ファンへと醸成していくべきか?フィットネスの現場において、利用者の「体験価値」を最適化していくためのソリューションを紐解いていく。
高まるフィットネスの価値
3つの「最新情報」を理解することが最重要
クラブの規模やサービス内容にかかわらず、生活者のニーズを把握することは、施設運営において必要不可欠である。本誌通巻第50号(2010年9月25日発刊)より『Retention◎会員定着』を連載している菊賀氏は、利用者の体験価値を最適化するうえで、①世の中の流れ、②お客さま、③エビデンス(科学的根拠)の3点において「最新の情報を理解すること」が最も重要と話す。具体的な事例をもとに、それぞれのポイントに迫る。
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株式会社プロフィットジャパン代表取締役社長博士(医学)菊賀信雅氏
「健康寿命延伸産業」と位置づけられる
フィットネスクラブ
フィットネス各社の経営課題の1つである「在籍会員数の増加」。この課題を解決する方法は、①新規会員を増やす、②既存会員を辞めさせない、の2つであると同氏。
「現在の社会的背景として、人口動態統計的に高齢者が増えている。総人口の7割以上、約8,000万人が40歳以上(中高年)であり、運動をするべきと皆わかっているが、そのうちの7割が行動に移せていない」
今年の4月、厚生労働省は「健康日本21(第三次)をスタートし、「健康寿命延伸」を目標に掲げ、『健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023』(以下、ガイド)を策定。そのなかで、フィットネスクラブは、「健康寿命延伸産業」として位置づけられ、今後、フィットネスクラブの器具を使用して運動することが推奨されている。
ガイドには、「フィットネス」と「筋力トレーニング」いう言葉が初めて使われた。その「筋力トレーニング」と、以前より用いられていた「有酸素運動」の両方を健康づくりへ取り入れることにより、死亡リスクが40%軽減するという「科学的根拠」が示されたのだ。
また、最新のガイドの一番大きなポイントは、「高血圧や糖尿病性腎臓病など、9つの疾病別運動プログラム」において、FCのトレッドミルやエルゴメーター、ウェイトマシンで運動が推奨されていることである。そこにはプログラムごと、モデルとなる運動時間や回数が記載されている。さらに、運動することで収縮期血圧と拡張期血圧がこのくらい下がる、といったエビデンスをもとにした数値も明確に示されているのだ。
トレーナーやクラブ責任者、フロントスタッフを含め、このガイドに書かれていることを読めば、「厚生労働省が推奨する最新の適正基準」を理解することができる。様々な心身の状態の方がクラブに来られても、その方に合わせた的確な指導が提供でき、効果を含めて利用者の体験価値を最適化へ導くことができるのだ。
健康寿命の間に取り組むべきこと
現在の日本の平均寿命は、女性が88歳、男性が81歳。自身で自らのケアができることを示す健康寿命は、女性が76歳、男性が72歳である。では、健康寿命以降はどうなってしまうのか?それは、自らのケアができなくなる「要介護」の状態となる。
要介護の状態に一度なると、現在のサポートの仕組みでは、「安全に手伝うこと」が最も重要となる。すなわち、歩く人が転倒するのを危険と捉え、歩かせない、という選択になる。結果、車椅子や歩行器を使うことになり、身体の機能はさらに低下、つまり健康には戻り辛くなってしまう。なので、健康な状態から介護の状態にならないよう、運動を含め、日頃からの生活を大切にしなければならない。運動指導においては、厚生労働省が示す明確な基準があるのだから、トレーナーは絶対にそれを理解しておきたい。
医療的な分野を含む健康づくりを意味する「メディカルフィットネス」。その要素を盛り込んでいないフィットネスクラブは決して生き残れない、と話す菊賀氏。前述の通り、フィットネスクラブは国民の健康寿命延伸に貢献しうる産業である。つまり、フィットネスクラブで働く者は、その自覚と誇りをもつことが、とても大切になってくる。
お客さまを深く知り
お客さまに厚く寄り添う
クラブの多様化が進むなか、入会を後押しする施策として、施設体験を推奨しているクラブがあるが、腰痛や膝痛、高血圧といった何らかの症状を改善したいという中高年のお客さまに対しては、特に大切にしなければいけないことがあるという。
「どのように改善したいか、その後、いつまでにどうなりたいか」、またその方の「生活習慣」や「クラブのどこに興味をもったか」など、丁寧に聞くことである。当たり前のことだと思う読者もいると思うが、それができていないクラブが圧倒的に多いという。
プロフィットジャパンが運営する「コンビニフィットネス」では、体験でのコーチングテクニックや体験者のモチベーションを高めるポイントを記したPPC(パーソナルプランニングコーチ)を採り入れている。
「大切なのは、目標達成型にすること。目標を達成するためには、施設を1から10まで説明する必要は全くなく、ターゲットに合わせたマシンを3~4つ、先ずは1回だけでも効果が実感できるものを利用してもらうことが大切。満足度は向上し、それこそ、利用体験の最適化といえる」
入会後の利用状況を把握することはもちろん大切になるが、入会する前に、仮でもよいから週に何回、何曜日の何時くらいに利用できるかといったヒアリングも重要である。入会後の利用イメージが利用者も対応スタッフも沸き、定期的な利用を促進できるからだ。
菊賀氏は「退会抑止の分析にも力を入れている」。そこではどのような分析をしているのだろうか?
分析は、新規会員に対してアンケートを実施し、その後、入会したお客さまを最大1年半追い掛け、途中で退会した人と退会していない人の「社会経済的要因」、「身体的要因」、「心理的要因」などの有意な差を出して、重みづけすることで、入会時に退会する確率を算出する。
健康増進目的で入会した人は辞めにくい、ストレス解消目的で入会した人は辞めやすい、といった傾向がみられ、一人ひとりを点数化し、入会から半年・8ヶ月・10ヶ月・1年ごとの退会予測確率を算出している。その確率は70%以上の割合で、実際に退会する人が見つけられるという。退会予測確率をもとに、事前に退会阻止施策を打つことで、退会率が確実に下がる実績も生まれている。ここで改めて重要といえるのが、見学や体験に来館された方のニーズや特性を、担当スタッフが理解することである。
同社が運営するクラブでは、利用者の体験価値をいかに継続して高めていけるかも大切にしている。その取り組みの1つに、クラブ内イベントがある。毎日のようにイベントを設け、会員さまに楽しんでもらっている。会員さま同士はもちろん、会員さまとスタッフのコミュニケーション強化にもつながり、退会抑止に寄与している。またこのイベントは、見学や体験に来られた方にも案内している。入会した後の自分をイメージできる機会にもなり、新規入会にも貢献しているという。
施設規模や提供するサービスは異なるが、独自の「お客さまを理解する手法」を、この機会に考えてみてはどうだろうか。
エビデンスを理解し得られる効果
フィットネス業界の「勲章」を
フィットネス関連の論文は、国内外で数多く出されているが、「フィットネスクラブを継続的に利用するうえで、最も大事な要素は、『楽しみ』、『計画的通りに行える自信』、『ソーシャルサポート』である」との、結論を出している研究者もいる。
これまでの文面でも触れてきたが、運動やトレーニングによる身体的効果、利用を通して得られる心理的効果など、エビデンスを理解し、活用することは、利用者だけでなく日々のクラブ運営においてもとても重要だ。
「世の中の流れ」、「お客さま」、「エビデンス」、この3つすべてをすぐに正しく理解することは容易ではない。ただ、理解したその先には、「国民を笑顔にし、国民の健康寿命延伸に大きな貢献」があることを、フィットネス各社は理解して前進していくことがとても大切になる。