欧米のフィットネスクラブで、リカバリー&コンディショニングエリアが拡大している。その背景に、コロナ禍をきっかけに、不安や孤独、ストレスにより健康状態を悪化させた人も多く、メンタルウェルネスへのニーズが高まっていることがある。特に米国では、人口の30%以上が睡眠障害を抱えているというデータもあり、フィットネス産業が、この社会課題を解決するべく、メンタルウェルネスサービスを拡充させてきている。そこで今号は、欧米のフィットネスクラブにおける、リカバリー&コンディショニングのトレンドの実際と、日本における可能性を探る。
「リカバリー&コンディショニング」のエリア形成が欧米のトレンドに
■フィットネス参加率を押し上げる理由とは
米国のフィットネス参加率が、2023年末時点で23.7%と世界第1位になった。さらに利用率も対前年比で9.7%増と、市場を再拡大させている。コロナ禍を経て、健康意識が一段と高まるとともに、リモートワークを中心とした新しい生活習慣、トランプ政権における政治的、経済的な不安要素などから、生活者・勤労者のメンタルウェルネスに対する関心も高まっている。
本稿では、このメンタルウェルネスの社会課題に対応して、米国のフィットネス事業者が取り組む「リカバリー&コンディショニング」の実際と、日本における可能性を探る。
米国のフィットネス参加率が過去最大に伸びた理由
2025年、ラスベガスで開催された「HFAコンベンション」のテーマは、「グローバルウェルネス新時代-コミュニティに、身体と心のウェルビーイングを提供する時代へ」
(「A NEW ERA OF GLOBAL WELLNESS-Your path to improving the physical and mental well-being of the communities you serve.」)。
展示会とともに提供されるセミナーでは、米国でのメンタルウェルネスの課題対応についての内容も多く提供されていた。
アメリカ睡眠医学会(AASM)によると、約30%の国民が不眠症に悩んでおり、2024年8月時点で、米国成人の12%が慢性不眠症の診断を受けているとの報告もあった。
米国のフィットネスクラブ業界は、こうした睡眠障害やメンタルの不調が、これまで取り組んできた「肥満」に並ぶ重大な健康課題と位置づけ、リカバリーやコミュニティの場を拡充して、メンタルウェルネスをサポートする産業として、市場を再拡大させてきている。
「リカバリーエリアの拡大」と「コワーキングスペースの活用」
米国では、フィットネスクラブがライフスタイルセンターとしての機能を拡充するトレンドがコロナ禍以前から見られていたが、コロナ禍でリモートワークが広がったことをきっかけに「コワーキングスペース」は、総合クラブではスタンダードに導入されるようになっている。
それに次いで、コロナ禍以降、施設や設備投資を伴うサービス拡充として大きなトレンドが見られているのが、「リカバリー&コンディショニング」である。
フィットネストレンドをリードするニューヨークを代表する3大クラブチェーンの「Equinox」「LIFE TIME」「Chelsea Pier」、すべてのブランドで、このトレンドが見られている。
「Equinox」では、充実したスパサロンを併設し、アロマやCBDオイルを使ったマッサージやトリートメントが、1セッション$300~$500で提供されている。リカバリーマシンも数多く導入されており、「レッドライトセラピー」、冷却療法の「クライオセラピー」、冷水浴の「コールドプランジ」などが導入されている。
高級フィットネスクラブでは、リーマンショック後から、富裕層の健康意識が高まり、こうしたリカバリーサービスを「スパ」「ウェルネス」として提供し、富裕層の間で市場が広がっている。
この「スパ」「ウェルネス」サービスは、5つ星ホテルや高級リゾートでも導入が進んでおり、市場のニーズが急拡大しているのに対して、施術スタッフの人材不足や、品質管理が課題となっている。そうした中で、各種のリカバリーマシンやセラピーベッド、マッサージロボットなどの開発が進み、各施設がマシンを購入することで、「スパ」や「リカバリー」のサービスが拡充できる環境が整ったことで導入施設が増え、リカバリー市場が拡大しているという経緯がある。

ニューヨークの「LIFE TIME FITNESS」も高級クラブだが、ここでは、「会員」としての体験価値を高めるべく、会費の中で充実したリカバリーサービスやギアが利用できるようになっている。ここでは、以前カイロプラクティック企業がテナントで入っていたスペースを、「LT RECOVERY」としてリカバリー専用ルームに改修。
リカバリールームの入り口には受付カウンターがあり、「DYNAMIC STRETCH」というパーソナルストレッチの予約ができるとともに、コンプレッション式のマッサージブーツや、マッサージガンの利用を予約して、マッサージベッドでセルフケアができる環境が用意されている。入会時には、関節可動域や動きの安定性のチェックなども行い、コンディショニングをトレーニングに採り入れられる指導サービスを提供している。
「Chelsea Pier」では「コワーキングエリア」の拡大が顕著で、コワーキングやカフェ利用を起点に、リカバリー&コンディショニングから、フィットネス&スポーツへとクラブの利用価値を高めるカスタマージャーニーが構築されている。

クラブのエントランスを入ると、居心地のいいコワーキングエリアが広がり、その先に、リカバリーやコンディショニングできるエリアがあり、フィットネスマシンやフリーウェイト、プールやクライミングは奥のスペースに配置されている。こうしたメンバー動線やレイアウトも、フィットネスクラブ参加への障壁を下げ、参加率の向上に寄与していると考えられる。


中低価格帯クラブでも、「リカバリー&コンディショニング」でアップセル
米国における「リカバリー&コンディショニング」市場の拡大は、富裕層における「スパ」「ウェルネス」市場の拡大から、各種のリカバリーマシンが開発されて、フィットネスクラブに広がってきている。この数年で、「LA Fitness」や「Crunch Fitness」をはじめ、中価格帯のチェーンクラブにも広がり、さらには、低価格クラブの最大手「Planet Fitness」でも「ブラックカードスパ」として、リカバリールームをほぼ全店に導入している。
こうしたクラブでは、より低料金、低コストでリカバリーサービスを提供するべく、セルフで利用できるウォーターベッドや、レッドライトセラピー、コンプレッションブーツなどを導入。1回20分程度のサービスでも有料で提供でき、事前決済でスタッフが常駐しなくても運用ができる。また、リカバリーマシンやセラピーマシンは、高い頻度で利用することで効果が得られることから、クラブにとってはクラブの利用頻度を高めて、継続利用につなげるとともに、付帯収入にもなるなどのメリットもあり導入が広がっている。
中価格帯の大手有名チェーンである「LA Fitness」では、地域の旗艦店に「REZEN Recovery Center」として、ブティックスタジオのようにリカバリールームにブランド名をつけて運用している。ウォーターベッドや、レッドライトレセピー、クライオセラピー、コンプレッションブーツなどが導入されており、メンバーはアプリで事前に予約~決済して、QRコードなどで、セルフで利用が開始できる。

「Crunch Fitness」でも、地域の旗艦店に「リカバリールーム」を新設。ウォーターベッドや、レッドライトセラピー、コンプレッションブーツなどを導入。Crunch Fitnessでも、全米または地域のクラブを共通利用できる会員にアップグレードすることで、このリカバリーエリアの利用が可能になる。
米国の低価格クラブの最大手「Planet Fitness」では、現在2,700店舗展開するクラブのほとんどに、「ブラックカードスパ」と名付けてリカバリールームを設置、通常会員より$10高い$25の「ブラックカードメンバー」を設定してアップセルするとともに、身体の疲れや痛みを癒そうとする新たなユーザー層を獲得している。ウォーターベッドや、レッドライトセラピー、コンプレッションブーツなど、メンバーがセルフで利用できるリカバリーマシンが設置されている。


ブティックスタジオでは、HIITクラスの後に、有料リカバリークラスを導入
米国とカナダに31店舗のブティックスタジオを展開するPvolveは、オリジナルのファンクショナルギアを利用したレッスンと、オンラインレッスンとのハイブリッドでユーザー層を拡げ、オンラインでは、世界約70カ国に会員を擁する革新的なブティックスタジオチェーン。
このPvolveのリアル店舗では、HIIT系クラスの後に、「レッグコンプレッション」というリカバリークラスを導入。1クラス30分間で、$20~$25ドルの価格設定で、1日7~9本を提供している。メンバーは、オンラインで予約~決済してクラスに参加。コンプレッションブーツを着用してリカバリーの時間を過ごす。スタジオスタッフは、装着方法などを説明するだけ。リカバリークラスとして予約枠をつくることで、メンバーにレッスン後のリカバリーの習慣化を促せる。スタジオにとっても、メンバーのスタジオの体験価値を高めることができ、継続利用と付帯収入増にもつなげることができ、リカバリーギアを有効に活用できることになる。
リカバリーに特化した、ウェルネスブティックも、店舗展開へ

リカバリー&コンディショニングに特化したブティッククラブも増えている。
2015年創業の「Restore Hyper Wellness」は、リカバリー専門サロンで、ストレッチ、アイスバス、クライオセラピー、コンプレッションセラピーなどを提供。全米に、220店を展開するに至っている。

「REMEDY PLACE」は、2019年にロサンゼルスで創業された「ソーシャルウェルネスクラブ」。これまでにニューヨークやボストンに、4クラブを展開している。創設者はウェルネスドクターのDr. Jonathan Leary(ジョナサン・リアリー)。「癒しの場」を意味するブランド名のもと、セルフケアやリカバリー、社会的つながりを重視した新業態のクラブとして注目されている。Remedy Placeでは、酸素ボックスやリカバリーローラー、ロボットマッサージ、点滴セラピーなども導入されており、より深いレベルでの「自己回復」や「心身のリセット」ができることで、多くの著名人やアスリートも利用する話題のスポットとなり、リカバリー&コンディショニングへの認知拡大にも寄与している。


ここからは、日本でも導入可能な注目のリカバリー&コンディショニングアイテムを紹介する。
