テニススクール運営のVIP・TOPグループが、ピックルボールクラブの運営を開始した。同じラケットスポーツのテニス事業者が取り組むことで相乗効果は生まれるのであろうか。インドアテニススクール事業の生みの親、高木工業株式会社 スポーツ 事業本部 VIP・TOPグループ ゼネラルマネージャー 中嶋康博氏に、テニス事業からみたピックルボールの市場性や展開方法を訊いた。
アメリカでの成長と市場動向
ピックルボールはアメリカの競技人口2,000万人以上、4,830万人が1年に1回以上プレーしているというデータ(米国ピックルボール協会)が発表されている。競技人口とともに、パドルやボール等の用具販売市場、施設市場も注目を集めており、アメリカの市場調査では2034年には用品だけの世界的なマーケット規模が約5,800億円に成長するという(Market.us News)。これに伴い、競技者団体も変革を進めている。2024年9月に、米国プロテニス協会が、米国ラケットスポーツプロフェッショナル協会(RSPA)に呼称変更。これまでのラケットスポーツの代表格テニス、スカッシュから、パデル、プラットフォームテニス、そしてピックルボールも加わり、一体的に指導者育成やコミュニティを形成し、ラケットスポ―ツの市場を拡大していく方針を打ち出している。
日本国内でも市場拡大の兆しが見られるところで、フィットネス企業各社も施設にコートを整備したりレッスン時間を設けたり参入しはじめている。よって国内競技人口は2023年初頭3,000人から現在では3万人になり、スポーツとしての知名度も高まりつつある。では、同じラケットスポーツである日本のテニス業界はどう見ているのか。
「テニスを凌ぐ勢いは間違いない」と話すのは、高木工業株式会社 スポーツ事業本部 VIP・TOPグループ ゼネラルマネージャー 中嶋康博氏だ。中嶋氏は、「テニススクール事業の生みの親」として知られ、会員制テニスクラブが主体であったテニス市場にスクール事業を導入したり、全天候型のインドアテニススクールの開発に取り組んできた。
その中嶋氏がピックルボールに優位性を示すのに挙げたことは、「誰でも楽しめるスポーツである」こと。「初心者でも短時間の練習で試合が可能な点は、家族や職場仲間と楽しめるレクリエーションとして大きな魅力。ラリーの継続性や親子でのプレーのしやすさに相まって、運動量を兼ね備えている」という。「テニスは、ある程度上達しないとラリーも続かず楽しめない。ここは大きな違い」と言う。日本ではまだ専用コート数は少ないという課題があるが、市場の拡大に対応していくために「米国ラケットスポーツプロフェッショナル協会(RSPA)が各種目で連携し各種目を盛り上げ、進化させていこうという流れに、日本のテニス界も学んでいかなければならない。同じラケットスポーツとして競合の懸念があったり、人工芝やクレーコートがピックルボールには不適合など、テニス業界が始めるのに複数の障壁が存在するが、施設の改修もしながら取り組んでいくことで、停滞傾向にあるテニス業界の飛躍のチャンスにすべき」と中嶋氏。
ビジネスモデルでは、現在コート数がないため、比較的高単価でコートレンタルが成立している。テニスコートの4分の1のスペースで、テニスコード1面と同じ価格付けが可能だ。しかしテニス業界では、やはりテニススクール同様に、ピックルボールスクールを、段階的アプローチで普及させていくことが有効とされ、日本人の学習志向に合った指導形態の導入をどう図るか。それを実践しているのが2025年4月9日に開設した「VIPインドアピックルボールクラブ」である。
VIP インドアピックルボールクラブの状況
VIPインドアピックルボールクラブは東京都江東区の東京メトロ東西線「東陽町」駅から徒歩5分。スーパーマーケットの建物の5階部分に2020年に開業した「VIPインドアテニススクール東陽町」に併設し、建物の3階にあるフットサル「パライーゾ東陽町」の屋内コート1面を活用し、スクールをスタートさせている。フットサルコート1面で3面のピックルボールコートができ、ネットは可動式を設置。未利用時には、フットサルコートとして利用できることになる。
スクール内容は体験会、初心者、経験者、中級と段階的なレッスンを用意しており、その内容は以下の通りだ。
◎レッスンの種類と内容
1.体験会(70分/ 1,650円)
ピックルボール未経験者向け。パドルの握り方、基本ショット、ルール説明、ミニゲームなどを体験。
2.初心者レッスン(75分/ 3,000円)
2〜5回目程度のプレーヤー向け。
「ゆっくり・まったり楽しみたい」「ラリーを続けられるようになりたい」方向け。
3.経験者向けレッスン(75分/ 3,300円)
基本ルールを理解し、ゆっくりでもラリーができる方対象。ショットの精度を高めながら、楽しみつつ上達を目指す。
4.中級レッスン(100分/ 4,000円)
ドロップやリセットショットを使い、実戦形式で戦術を学ぶ内容。サーブからキッチンラインへの前進を意識できる方対象。
5.プライベートレッスン(50分/8,800円)
個別指導で、より細かい技術や戦術を学びたい方向け。ピックルボールプレーヤーの加藤晴暉氏が対応。
1クラスの定員は6人、1レッスンに1コーチが指導に当たる。今のところ週3回・1日6コマのスクール枠を設けている。

「最大でも1日36人。これまで約300人の体験があり、現在120人が通ってきている」という。また枠内にはコートレンタル時間も組み込んでおり、コートレンタル料金は50分4,400円(税込)、75分6,600円(税込)としている。
しかし、少しの練習ですぐにラリーができることが特徴のピックルボールにスクールは機能するのであろうか。
「利用者の印象は、ピックルボール、はじめの一歩の方々が、技術向上というよりは、楽しむためのコツを教えてもらいに来ている。1人ではできないスポーツだが、サークルに飛び込むほどの積極性はなく、まずはスクールに参加して準備をしたい、という方が多い。体験に参加して仲間もつくりたい、という動機も多いようだ」と中嶋氏。ピックルボールをやってみたいというユーザー層のボリュームはあるので、「事業者サイドは、ピックルボールが普通にプレーできるまでのところをサポートする取り組みが重要になってくる。やはり日本人は、習うことが好きな国民性。加えて、ただ教えてもらい、身体を動かすだけでなく、仲間と一緒に練習するのが楽しいというところにスクール文化が根付いている」。
よって、ビジネスのもう一つの目線は「コートレンタルが、テニスのレンタルよりも増えるであろう」と中嶋氏は言う。「ピックルボールは、スクールのみで成り立っていくかは、今は不透明。テニスほどのスクール需要はないと見ている。コートレンタルや、楽しんでもらえるイベント需要のほうが大きくなるのではないか」。そのような目線からも同クラブでは仲間作りをしてレンタル枠を増やしている。
テニスとの相乗効果はあるのか
ピックルボールクラブに通ってきているスクール生は、VIP・TOPのテニススクール生がいまのところ多いという。スクール内の告知で、テニスをやっているが、ピックルボールもやってみたい、興味を持ったという層が多いという。テニススクール生に、もう一つの楽しみとしてピックルボールを位置づけていくことが望ましいのではないか。
「米国のピックルボールの大会では、年齢別や、ピックルボールにおける自身の技術や実力の評価で、参加する種目を選ぶ基準となるレーティング制度を導入している。日本でもレーティング制度を導入していくので、自分のレベルにあった試合に参加しやすくなる。この先、大会参加が増えてくるのではないか」と中嶋氏。テニススクール生のテニス大会参加人口は実は低く1,000人に対して50人程度という。
VIP・TOPのインドアテニススクールは7カ所あるが、亀戸2,600人、氷川台2,500人、東陽町2,300人と、2,000人を超えるのが難しいとされるスクール業界のなかで、常にトップクラスのスクール生を有している。今回のピックルボールクラブの併設の成果や顧客特性をより把握していき、他のスクール拠点でも導入ができるか、検討していく考えだ。「テニススクールには指導者も在籍し、コーチング技術が整っている。ラケットスポーツ愛好家が参加しやすいピックルボールは、レッスン単価も高めに設定できるので、テニススクール事業には魅力的な市場と捉えていきたい」
なお、中嶋氏には、国内外から専用施設の開発やスクール導入の相談が多く寄せられているという。「国内の市場形成に力を注ぐ」と話す中嶋氏が、インドアテニススクール市場同様に、ピックルボール市場も国内で拓いていくことであろう。