新型コロナウイルス(以下、コロナ)が2020年1月ごろから世界で流行を始めた。ジムはクラスターの発生源かのような報道がなされたこと、緊急事態宣言が発令されて施設の閉鎖を余儀なくされるなど、ジムにとって非常に厳しい状況が始まった。
それでも、感染リスクを最小限に抑える取り組みを各企業が行ったことで、徐々に客足が戻ってきたジムも増えてきている。
その感染リスク対策の事例を再確認し、安心・安全のサービスを提供することで、より多くの人に足を運んでもらいたいと願っているのではないだろうか?また、新規でジムをオープンするにあたり、参考にしたいのではないだろうか?
本記事では、そう願う事業者へ向けて、ジムが取り得る感染リスク対策の方法を網羅したものである。チェックリスト代わりに、ぜひともご活用いただきたい。
フィットネスジムのコロナ対策ガイドラインについて
まず、ジムを運営するうえで何を基準に感染リスク対策を行う必要があるのか解説する。すでにジムを運営している事業者はもちろん周知のとおりだろうが、新規参入を考えている企業・個人に向けて説明すると、ジム向けに感染リスク対策のガイドラインがすでに策定されている。これは不定期で更新されるため、最新のものを常にチェックするように心がけよう。
FIAについて
FIAとは、Fitness Industry Association of Japanの略だ。一般社団法人日本フィットネス産業協会を指し、フィットネス産業の健全な発展に寄与する情報提供、クラブ経営のレベルアップに必要な検定試験の実施、教育機会の提供、その他様々な事業活動を行う組織だ。
ガイドライン総論
ジム向けの感染リスク対策のガイドラインを策定しているのがFIAである。記事執筆時点(2021年5月17日)で最新のガイドラインは2021年11月19日に策定されたものだ。本記事では総論を抜粋するに留める。
- フィットネス関連施設は、運動の場を提供することを目的としている。
- 利用者は日常生活における活動時よりも高い強度の身体活動を行うことから呼吸が活発になる
- 日常生活における活動時よりも一層の距離を空ける等の状況に応じた対策が求められる
- 周辺地域の実情を勘案し、感染リスクが高いと考えられる場合には、本ガイドラインに提示されている実施要件よりも厳しい措置を実行することが求められる
詳しくは下記リンクから参照いただきたい。
https://www.fia.or.jp/wp-content/uploads/2020/11/fia_guide_04.pdf
ジム内でのコロナ感染を予防する4つの水際対策
まず、ジムに必要になることが「コロナをジム内に持ち込ませない」という水際対策だ。そのためには、感染の可能性を疑わざるを得ないお客さま、ルールを守れないお客さまにはお帰りいただく必要がある。そのために必要な対策を4つまとめた。
検温
検温はもっとも重要な水際対策だ。多くのジムでは、体温が37.5度以上であると入場を断るという対策を取っているが、体温には個人差がある。個々人の平熱と比べて何度以上高いのかがわかると望ましい。
測定方法はガン型の体温計、フロントに設置する体温計、サーモグラフィーつきカメラなどがあるが、設置スペースの広さ、予算、精度を勘案して最適なものを導入しよう。
手のアルコール消毒
入館前の会員さまに、手のアルコール消毒を必須とする。手のひらのみならず、指先、手の甲までしっかり消毒するように注意しよう。アルコールは濃度70%以上95%以下のエタノールを使用する。
ノズルを手でプッシュして消毒液を出すタイプでは接触が発生するため、非接触型が望ましい。センサーに反応して消毒液を噴射するものや、足でペダルを踏むものなどがある。
マスク着用有無の確認
マスクの着用が確認できないお客さまの入館は不可とする。鼻と口を確実に覆えれば、ネックゲイターでも可能だ。
マスクの着用により、吸い込み飛沫量と吐き出し飛沫量を削減することができる。マスクの材質によるが、一番効果があるとされる不織布では、吸い込み飛沫量70%減、吐き出し飛沫量は80%減の効果があるとされる。
事前予約制度の導入
耳にタコができるほど「三密を避けなければならない」と聞いてきたことだろう。ジムも例外ではない。従来であればスタジオプログラムは、「並べば参加できる」というものであったが、Withコロナの時代では事前予約ができるように対応することが望ましい。
スタジオの定員数を公平に制限することができ、三密を避けることができる。加えて、映画館のチケット予約や新幹線の座席予約と同じ要領で、スタジオ内でレッスンに参加するポジションまで事前に決めることができるシステムも登場している。導入するのが理想だ。
ジム内での感染リスクを低減する10個のコロナ対策
ジム内での感染リスクを低減することが、利用者の安心・安全に直結する。ここがもっとも大事だ。水際対策には限界がある。コロナは潜伏期間が約2週間と長く、症状が現れるまで時間がかかるからだ。
このセクションは10個と数が多いが、もれなく対応することを強く勧める。
消毒・抗菌
まず、アルコール消毒が基本の「き」だ。入館後は使用後のマシンやヨガマットの道具と身体が触れた部分を消毒することが求められる。会員さま自身での消毒のほか、スタッフが定期的に巡回して消毒を心がけよう。使い捨てペーパー、アルコール、使用後のペーパー用のゴミ箱の設置が必要だ。
抗菌は触媒コーティングがお勧めだ。触媒とは「化学反応においてそのもの自身は変化しないが、反応速度を変化させる物質」と定義されており、ウイルスと触れたときに、そのウイルスを不活性化するものだ。ジムやスタジオはもちろん、更衣室やトイレにも利用しよう。
換気・空気清浄
換気は三密のうちの密閉を解消する目的で必須だ。窓があるジムであれば、外気温や天候が許す範囲で解放しよう。スタジオも扉を開放する、強力な換気扇を導入するといった対策が求められる。
さらに、空気清浄機があると安心だ。Sharpのプラズマクラスター技術を搭載した空気清浄機であれば、コロナウイルスを91.3%減少することに成功したという。
https://jp.sharp/plasmacluster-tech/closeup/closeup07/(出典:シャープ株式会社)
マスクの着用状況の確認
マスクの着用状況には常にチェックしよう。持ってきていても付け忘れてしまったり、鼻を覆えていなかったりするからだ。ただし、酸欠にならないことにも注意。激しい運動を行う場合は口のみ覆うというルールを設けているジムもある。
また、自社ブランドで息苦しくないマスクを開発するということも一考の余地がある。感染予防とスポーツの両立が可能なマスクは今でも重宝されている。
会話制限
会員さま同士やスタッフと仲がいいことは素晴らしいが、会話は感染リスクが高まる。ジム内では極力会話を控えることが必要だ。マスクなしでないと利用できないスパ、サウナ、更衣室などに関しては会話禁止にせざるを得ないだろう。
スタッフの健康管理
会員さまにスタッフから感染させてしまうことは何としても避けたい。スタッフの手指の消毒、マスクの着用、体温の記録は当然だ。そのほか、会員さまが守っていることは、スタッフも守ろう。
パソコンのキーボードや電話など、複数人が利用する可能性のある備品のこまめな消毒も忘れないように。
一部施設の利用制限
例えば、カーディオマシンを1台おきに使用禁止にしてスペースを確保すること、ラウンジの席数を間引くことなどが対策として考えられる。飛沫は約2m飛ぶということを念頭に置くといいだろう。そのため、すべて利用禁止にすることはナンセンスだ。
パーテーションの設置
先の「一部施設の利用制限」でカーディオマシンの例を出した。しかし、決して安くない導入費用を投じたカーディオマシンが一部使えないというのは惜しいと思うのではないだろうか?
その場合、すべてのカーディオマシンを利用可能にする代わりにパーティションを設置するといい。設置したパーティションの消毒・抗菌も忘れずに行おう。
ソーシャルディスタンスの徹底
三密のうちの密集を解消するためにはソーシャルディスタンスを確保する必要がある。厳密にいうとフィジカルディスタンスだ。ヨーロッパではすでに、こちらの言い回しが主流になっている。社会的な関わりまで距離を開ける必要がない。あくまでも身体(フィジカル)が近距離に密集すると感染リスクが高まるという話だ。
会員さまがジム内を移動するときの導線の整備、スタジオレッスン参加者のポジションを示すマーキングなどが対策になる。一部利用の制限とも若干被るが、2mは最低でも確保しよう。
対面指導の禁止
従来であればスタジオレッスンのインストラクターは参加者と向かい合って指導していたが、Withコロナでは参加者と同じ向きを向いて指導することを推奨する。
そのほか、バーチャルレッスンを導入し、インストラクター不在でもレッスンが受講できる環境を整えるという選択肢もある。
アウトドアスペースの活用
アメリカなどでは、アウトドアで行うフィットネスがコロナをきっかけに多く行われるようになった。オンライン×アウトドアのプログラムや、アスレチックを用いたリアルのプログラムが挙げられる。どちらも三密を避けることに大きく寄与するうえに、太陽や緑といった自然と触れる機会をつくりだし、外出自粛で部屋からあまり出れなかった人たちの精神的なケアにも寄与する。
また、ジムの会員さま向けにアウトドアスポーツを体験いただけるよう『two-nagual』というサービスをローンチした。「暮らしとスポーツがつながる」をコンセプトにしている。アウトドアでのイベントを月に1~2回のペースで開催しているので、ご活用いただきたい。
https://two-nagual.fitnessclub.jp/
ジム内でコロナが発生する前に対策すべき3つのこと
今まで述べてきた対策については会員さまの意識と行動に委ねる部分が大半であった。ここからは、ジムの運営サイドが中心になり、コロナがジム内で発生する前に行うべき対策を紹介する。
入退館管理
どの会員さまが、いつ入館し、いつ退館されたのかを記録しておこう。ここはテクノロジーを活用し、なるべく人手を要さないかたちで自動的に記録が蓄積していくようにしよう。万が一コロナが発生してしまった場合、濃厚接触者の特定がしやすくなるので、必ず導入したい。
最新のソリューションでは会員管理システムと顔認証システムが連携しており、スタッフを配置せずとも記録が容易に蓄積されるようになっている。同時に検温までできれば、時間の節約にもなる。まだ導入していないのであれば、検討してみてはどうだろうか。
レッスン出席管理
水際対策「事前予約制度の導入」でも述べたが、予約システムはぜひとも導入したい。従来であればスタジオの外で並ぶことが多かったが、この並んでいる間はどうしても会話が生まれやすく、感染リスクが高まるポイントのひとつだ。並ばずとも予約しておいた時間に入場できるのであれば、このリスクを軽減できる。
それと併せて、実際の出欠確認もシステム化することを推奨する。入退館管理と類似するが、同じ時間に同じスタジオにいた人については濃厚接触者として指定されるリスクが格段に高まる。その特定が必要となったときに、なるべく人手をかけずに行えるよう、テクノロジーを活用しよう。
顧客情報の更新
登録されている電話番号は本当に最新のものだろうか。万が一会員さまが濃厚接触者に指定された場合、早急にその旨を伝える必要がある。このときに連絡が迅速に行き届かないと、さらなる感染リスクが懸念される。
電話がもっとも早いため、電話番号は変更されていないか確かめ、変更がわかったら更新しておこう。もしくは、LINE公式アカウントに登録されている顧客のアカウントを把握しておき、連絡手段のひとつになりうる。
ジム内で万が一コロナ感染者が発生してしまった場合の対策
これだけ対策しても目に見えないウイルスを100%防ぐということは現実的ではない。万が一コロナがジム内で発生してしまったときのオペレーションを、スタッフでしっかりと共有し、ロープレまで行ったうえで、万全の準備を行おう。
保健所への通知
まず、ジムの最寄りの保健所に通知する。連絡先は事前にスタッフ全員の目に触れる位置に大きく表示しておくとよい。感染してしまった人が会員さまとスタッフのいずれかのケースが考えられるが、共通することは、いち早く施設の消毒を行う必要があるということだ。
ジムエリアのみならず、更衣室、スパ、スタッフのバックヤードなど、すべての施設を消毒するために施設を臨時休館する。そして消毒が終わり次第、すみやかに営業が再開できるように準備しておこう。
濃厚接触者への連絡
濃厚接触者への連絡を欠かしてはならない。入退館履歴やレッスン出席履歴などを活用し、迅速かつ的確に連絡する。PCR検査ないし抗原検査を受けるように伝えよう。
スタッフが濃厚接触者に指定された場合、出社を禁止にする。誰かが2週間以上出社できずともオペレーションが回る体制を築いておこう。もしくは、一部業務をテレワークでも対応できるようにしておくことも大切だ。
まとめ
以上、コロナ対策を網羅的にまとめてきた。自分ごととして捉え、しっかり取り組めている部分とそうでない部分を解き明かし、対策を進化させていただきたい。
そして、フィットネス業界が忘れてはならないこと「国民の健康を担う重大産業」であることだ。
そのプライドをもって、正しくコロナの対策を取り、一方でむやみに施設を全館閉鎖などせずに会員さまの健康をサポートすることこそ、我々の使命だ。
コロナ対策も、営業時間短縮や施設閉鎖の意思決定も、日ごろからの情報収集と自分の頭で何が本質なのか考えることができないと最適な方策を打ち出すことは出来ない。
コロナを過度に恐れるあまり、誤った意思決定によって会員さまの健康二次被害が起こらないように努めることが、フィットネス業界ができる最善の方策だ。