高齢化社会における介護の予防に、運動が重要な役割を担うことは自明の理だ。そこで、いかに重要であるのかを医学的見地から解き明かしていくべく、ロコモチャレンジ!推進協議会の副委員長である佐藤公一氏にお話を伺った。フィットネス業界が担う役割を再確認するのに役立てていただきたい。
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佐藤 公一氏医療法人社団 順公会 佐藤整形外科 院長
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大場 基氏医療法人社団 順公会 佐藤整形外科 総務
ロコモチャレンジ!推進協議会とその活動について
ロコモチャレンジ!推進協議会(以下、ロコモ推進協議会)とは、ロコモティブシンドローム(以下、ロコモ)の正しい知識と予防意識の啓発のための広報活動を推進している組織である。運営の中心を担っているのが日本整形外科学会だ。
ロコモとは、「運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態」であると2007年に日本で定義された。運動器は骨、筋肉、軟骨、椎間板などが挙げられる。
ロコモ度は1から3まであり、数字が大きくなるにつれて将来の介護リスクが高まる。確かめる方法はいたってシンプルだ。下肢筋力を調べる「立ち上がりテスト」、歩幅を調べる「2ステップテスト」、そして身体の状態・生活状況を調べる「ロコモ25」の3つである。
運動器の障害がもたらすリスクと予防の重要性
一番のリスクはやはり介護だ。図1にも示しているとおり、運動器の障害が介護リスクのなかで最も大きな要因を占めている。
そして図2であるが、仮にロコモを予防できたときの医療費削減効果は糖尿病や高血圧性疾患よりも高いことが示されている。
人生100年時代において80歳以降は身体が大きく変わる。運動をしていないと足腰が弱くなり、骨粗鬆症のリスクも高まる。骨密度については薬で改善できるが、それでも1年間に数パーセントの増加率で、骨折リスクを下げるためには3~5年の継続治療が必要と言われる。
「筋肉が弱ってしまっては、現代の医学では薬で治すことはできません。日ごろの運動習慣が大事なのです」と佐藤氏は話す。フィットネスクラブが、この「運動習慣の定着」という重大なミッションを遂行していく必要がある。
フィットネスクラブに求められる介護予防のための取り組み
ロコモと比較して認知度が高いのはメタボリックシンドローム(以下、メタボ)だ。太りすぎを予防するために啓発されている。ただ、ロコモの場合はメタボと異なり、ただ痩せれば健康というわけではない。
「下肢筋力が重要です。特に大腿四頭筋や臀筋群です。ロコモ推進協議会では自重でのスクワットやフロントランジを中心に推奨しています」
もうひとつ重要なのは骨だ。骨の強度は、荷重刺激がかかれば低下しづらいことがわかっている。
「例えば水中ウォーキングやエアロバイクなどは、筋力は鍛えられても骨への刺激が少ないのです。地面に脚をつけて行う運動が理想です。ただし筋力アップにはウォーキングだけでは不十分だということがわかっています。大腿四頭筋の3~4割を使えば人は歩けてしまうからです。より負荷のあるトレーニングが必要です」と佐藤氏はつけ加える。
一方で、負荷をかける際にも注意が必要だ。自身も健康運動指導士の資格を保有し、トレーナーとしての経験がある大場氏はこう述べる。
「歳を重ねるに連れて身体のどこかに痛みが出てくる可能性が増えます。そのため、中高年層にいきなり負荷の大きいトレーニングを強いてケガをしてしまっては元も子もありません。大切なことは、トレーニング指導前のヒアリングです。それに応じてその人にとって最適にカスタマイズしたメニューを提供できるためです」
そして、上半身ではなく下半身を中心に鍛えることが肝要だ。上半身の方がマシンの種類が多く負荷もかけやすいし、見た目にも表れやすいので、やった気になってしまうが、シンプルなマシンが多い下半身こそ、介護予防に大きく貢献する。
図3には、年齢とともに大腿四頭筋の筋力が低下していくことが示されている。この課題を救える最前線にいるのがフィットネスクラブではなかろうか。
ロコモの認知度向上を阻む大きな壁とは
ロコモの認知度は高齢者の間では比較的高まってきたとはいえ、若年層の認知度はいまだに20%程度で推移している。理由としては、大きくわけて2つある。1つ目は、若年層にとって自分ごととして捉えられないからだ。それを少しでも自分ごととして捉えられるように、ロコモ推進協議会は「ロコモ度テストツール」を開発した。先に述べた「立ち上がりテスト」のためのボックス、「2ステップテスト」のためのマットだ。
年齢別の結果は図4だ。驚くべきことに、20代の女性でも10%は片足で40cmのボックスから立ち上がることができなかったのがわかる。きっかけを与えるべく、フィットネスクラブでもテストツールの設置を検討してはいかがだろうか。
2つ目は、脳卒中や心筋梗塞などと比較して運動器の障害が軽視されやすいことだ。確かに脳卒中や心筋梗塞などと比較すると突然死を起こすリスクは少なく軽視されてしまう。
しかし一方で、運動をしなければじわじわと確実に運動器は弱っていく。筋肉はまだ目に見えやすいが、骨は見えないということもイメージがわきづらい要因だろう。
80歳を過ぎて運動をしてこなかったことを後悔しても、関節がすでに変形していたり、身体に痛みがあったりする状態で運動器を回復させることは容易ではない。
そのため、より若い世代にも認知度を高めていく必要がある。だからこそ、ロコモ推進協議会は日々奮闘している。
日本全体を、運動を通して健康にしていくために
人生100年時代において、いかに健康寿命を延ばすかが大切である。図5は平均寿命と健康寿命の差を示しているが、男性では約9年、女性では約13年も乖離がある。「何歳になっても自分の脚で歩く、自分の身の回りの世話をするために、運動は欠かせません。しかも若ければ若いほどいいのです」と佐藤氏は声を大にして話す。
日本整形外科学会とフィットネス業界がともに手を取り合えば、日本の健康寿命延伸に大きく貢献できるのではないだろうか。日本の未来は、その取り組み次第で大きく変わっていく。
まずは、会員さまのロコモ度チェックから着手してみるといい。「千里の道も一歩より」とはまさにこのことだ。