早期退職が課題となっている理学療法士。その課題の背景や、彼ら/彼女らにとっての新たな道として、自らジムを経営することの可能性や意義を、株式会社アロー 代表取締役 阿藤貴史氏(以下、阿藤氏)に訊いた。

理学療法士の実情

まずは、理学療法士の需要ついて訊いてみた。

阿藤氏が言うには、理学療法士の需要には、主に2つの意見が見られている。それは、「高齢化はこれからも進んでいくから理学療法士の需要が下がることはない」という意見と、「理学療法士の数は増え続けており、すでに飽和状態である」という意見だ。

これに対する阿藤氏の見解は、「医療分野における需要はいずれ飽和していくが、そのほかの分野での需要が高まる可能性が高い」というもの。

図1を見てみると、日本の高齢化は止まることを知らず、これからも高齢者が増え続けるため理学療法士の需要は無くならないように思える。

しかし、高齢化の実態は、高齢者が増える絶対的な高齢化ではなく、人口が減ることによる相対的な高齢化であり、高齢者の総数は変わらないことが、図2から分かる。

それに対し、理学療法士の数は近年著しく増加している。臨床試験の難易度の急激な引き上げや合格者の露骨な足切りを行うわけにもいかないため、このままでは理学療法士の需要は飽和していくだろう。

ここで、先ほどの阿藤氏の見解であった「医療分野では」という点についてフォーカスしていく。

現状、臨床試験合格後の理学療法士の約6割が医療分野(病院やクリニック)で就職している。次点で、介護福祉分野(介護福祉施設や訪問介護ステーションなど)。その他の一般企業や、フィットネスクラブなどの健康産業については1%にも満たない状況となっている。

このことについて、阿藤氏は下記のように話す。

「昔から、多くの大学・専門学校で、病院や介護施設で働くというルートがすでに出来上がってしまっています。病院では、理学療法士という国家資格の元、国の保険から給料が出るため、そもそも保険外で働く旨味がないですし、保険外の分野で働くための教育もされていないです」

社会保障財源から給料が出るということは、ある意味で国が雇用主であることと同義であるため、経済的にも安定し、少なくとも不自由のない生活を送ることができる。

さらに、理学療法士を目指す過程の中で、医療分野以外の職場を学校側が推奨する流れもなければ、手本となる方もほとんどいないため、結局既存の枠組みから飛び出そうと志す理学療法士が輩出されないのだろう。

しかし、その一方で、多くの理学療法士が早期退職してしまっている現実があるが、阿藤氏は以下のように話す。

「病院での理学療法士としての仕事は、処方の日数ややることが予め決まっています。結果として、満足に自分のリハビリがやりきれず、自由度が少ないです。そのため、『保険の先の部分をやりたい』『もっと前の段階で人々の健康に関わりたい』という思いから、予防の領域へシフトする人が多いのかなと思います」

社会保障財源から給料が支払われるため、一人あたりの予算は決まっている。だからこそ、必要最低限の生活をするための機能改善に、治療の範囲が限定されてしまうのだという。

つまり、マイナスをプラマイゼロに戻すまでの治療はできるが、そこからプラスにするための治療やリハビリができないのだという。中には、違う疾患名を付け直すことで治療を継続しようとする理学療法士の方もいるほどだ。

理学療法士としてのプライドや、できるだけ多くの方を健康にしたい、未病に携わりたいという思いから、医療分野での限定的な枠を飛び出して、社会保障財源に頼らない生き方に果敢に挑戦しようとする理学療法士は、間違いなく増えていくだろう。

理学療法士がジムを経営する意義

では、コロナ禍により運動不足が叫ばれている今、理学療法士が独立しジムを経営する意義はどこにあるのだろうか。

「実際に、アローへの入会動機も、明らかにコロナ不調の方が増えています。テニスをやっていないのに病院でテニス肘と診断された方もいるくらいですし、理学療法士が治療もしながら運動も指導するという流れは。時流に適していると思います」

やはり、テレワークが増え、一日中家にいることの弊害は大きいのだろう。しかし、実際「少し肩が凝っている」「なんとなく腰が痛い」などの軽い不調くらいでは、治療をしようと考える人は少ない。それらの不調を放置して悪化し、結果として通院するはめになってしまうというのは、よく見る流れだろう。

そのような比較的症状の軽いうちから気軽に通うことのできる理学療法施設やジムが増えれば、悪化する前に予防でき、お客さまがより快適に生活できるようになるだけでなく、日本の課題にもなっている「社会保障費の削減」にも寄与でき、社会的意義も大きいだろう。

また、健康経営にも理学療法士のスキルは有用。プレゼンティーイズムの損失コスト要因を見てみると、「首の痛み・肩こり」「腰痛」が上位に来ているのがわかる。ここは、まさに理学療法士の得意領域だろう。

理学療法士がジム経営する際のポイント

最後に、理学療法士がジムを経営する際に気をつけるべきポイントについて、訊いてみた。

「一般化・標準化することが大事なんじゃないでしょうか。理学療法士は専門知識も豊富な分、その知識の押し付けに偏りがちになっています。プロモーションの際もそういう傾向があります。しかし、世間の人にとってはそんなことはつゆ知らず。知識や資格の有無は、あくまでも自分たちの指導に対するエビデンス・担保としてアピールする分に留め、お客さまの何を改善し何ができるようになるのかを伝えるべきでしょう」

メリットよりもベネフィットを意識するべきということだろう。「理学療法士による正しい指導が受けられる」といったことではなく、「その指導により何が変わってどんな世界が待っているのか」をアピールしなくてはいけない。

実際にアローでは、セールスポイントのなかに「理学療法士」という言葉を使用してはいるものの、それ単体を過度に押し出すことはなく、また専門的なワーディングも極力避けている。

「理学療法士だからこそできる、お客さまにとってよいこと」を真摯に伝えていくことが、人気の秘訣だという。