株式会社大泉スイミングスクール(以下、大泉スイミングスクール)は群馬県邑楽郡(おうらぐん)大泉町に本社を構え、1984年に設立された。
群馬県を中心にスイミングスクールを運営する一方で、都心部である大手町に「SPA大手町 FITNESS CLUB(以下、SPA大手町)」も展開している。ビジネスパーソンをメインターゲットにしている分、コロナの影響で通勤の機会が激減。会員数もピーク時から大幅に減少する未曾有の事態に。
しかし、スタッフ一丸となって工夫を凝らし、月あたり200万円の固定費削減および黒字化に成功。今回はコストマネジメントの好事例として、同クラブの支配人である原田公威氏に話を訊いた。
天然温泉で働く人を癒す都心のオアシスとして誕生
SPA大手町は世界でも有数のビジネス街に、2016年の春にオープンしたフィットネスクラブ。
施設の目玉は大手町温泉。都心にも関わらず利用できる天然温泉、岩盤浴、サウナを備えるスパゾーンは、ビジネスパーソンや皇居ランナーに広く支持されてきた。
施設のコンセプトは「New Wellness心×美×体 for all Businessperson」で、仕事で忙しい日々を過ごしているビジネスパーソンにとって自分の体調やメンタルのコンディショニングをサポートし続けている。
トレーニングエリアにはカーディオマシンとストレングスマシンがバランスよく配置され、スタジオも完備している。
さらにはプールとジャグジーも利用できる。面積としては990㎡とコンパクトではあるが、そのなかでも充実した施設を実現している。
また、写真からもわかるように、施設の内装は高級感に溢れており、まるでホテルにいるかのような顧客体験ができるクラブでもある。利用する年齢層は、40代以上が8割を占める。
コロナによる影響は深刻テナント料の交渉は難航
先述のような魅力が徐々に近隣のビジネスパーソンおよび居住者に広まり、会員数は順調に右肩上がりの推移を見せていた。しかし、’20年のコロナをきっかけに、状況は一変する。
「施設をオープンして以降、会員さまの推移は良好だったため、次なる目標人数を設定して頑張っていました。しかし、コロナによって会員さまの在籍数はピーク時から一時35%減まで落ち込んでしまったのです」と同クラブの支配人を務める原田氏は話す。
感染症対策による通勤需要の減少、リモートワークの浸透という外部環境の変化による影響を受けやすいビジネスパーソンをターゲットとしていた分、業績にもダイレクトに響いてしまった。
この状況を打開するべく、原田氏は代表と相談するなかで、まずは固定費として大きな割合を占める賃料の交渉に乗り出すことにした。同クラブは大手町駅の地下通路から直接アクセスできるオフィスビルの地下1階に店舗を構えている。
同ビルのオーナー企業に交渉するも残念なことに、びた一文として賃料が下がることはなく、そのほかの電気・ガス・水道についてもビル全体で管理しているため対策が難しかった。
ただ、この点については、施設のオーナーや建物の構造次第で交渉の余地が十分にある。まずはここからコスト削減を目指していくのがフィットネスクラブとしては賢明であろう。
最も功を奏した施策は営業時間の変更と清掃の内製化
賃料や電気・ガス・水道周りのコスト削減は現実的に厳しいと判明したが、原田氏はほかにできることがないかと支配人として懸命に策を講じていく。
「最も効果的だったのが、営業時間の短縮と清掃の内製化です。当クラブの場合は、閉館時間を23時から22時へ1時間短縮をしました。そして、今までは業者に外注して朝まで清掃してもらっていたのですが、短縮した1時間を使って我々スタッフで清掃することにしたのです。その成果として、月間で約100万円、年間にして約1,200万円のコスト削減に成功しました」と原田氏は説明する。
同クラブの高級ホテルのようなクラブ体験を維持するためには、施設を清潔に保つことがとても大切と言えるなかで、清掃業者を利用しないという意思決定はチャレンジングではあったが、スタッフの努力の甲斐あって清潔さを保つことができているそうだ。
ただ、どうしても清掃が難しい汚れについては、スポットで業者に依頼をするようにしているという。まさに、運営をスリム化しつつもクオリティを落とさない好事例と言えるのではないだろうか。
コロナをきっかけに見えた残すべきものと削れるもの
そのほか、SPA大手町はどのような対策をしてきたのだろうか?
「家賃についてもそうですが、関係各社に仕入数量および価格の見直しを依頼することを行いました。そのなかで、タオルやマットといったリネンの最適化が効果的でした」。
原田氏は続ける。「ありがたいことに単価を下げてくださる業者さまもありましたが、特に功を奏した部分は、使い捨てとなる消耗品から、継続的に利用できる耐久品への切り替えでした。具体的には、スパゾーンで利用していたマットを布製からプラスチック製に変えました。これだけで月間で約25万円、年間で約300万円のコストを削減できました」
この施策については、現場のスタッフからアイデアが出てきたそうだ。このように、自身の務めるクラブの運営について経営者目線で自分事化して意見を述べられるスタッフは、かなり貴重な存在と言えるのではないだろうか。
そのほか、ドライヤーの数や各種備品の数について配置を減らした。しかし、驚くことにそれに対して何か意見をしてくる会員さまは1人としていなかった。
「今までが多すぎたのだとわかりました。コロナをきっかけに、逆に気付くことができたのかもしれません」と原田氏は話す。
人員の最適な配置とスタジオレッスンの傾向
最後の対策はスタッフのシフトの見直しだ。施設の規模に対して常駐しているスタッフの人数が多すぎる時間帯があると原田氏は見抜き、そこを改善することにした。
また、スタジオレッスンの外注インストラクターの比率を落とし、内製化する割合を増やした。
「なぜかは言語化できていないのですが、実は外注のインストラクターより、スタッフのほうが集客力は高いのです」と原田氏は言う。
その結果、月間約数十万円のコストを削減することに成功。今までの対策をすべて合わせて、1月につき合計で約200万円のランニングコストを削減するに至った。
SPA 大手町から学ぶべき3つのこと
このような対策を講じることで、’21年の上半期には黒字化を実現し、現在も継続している。もちろん、対策そのものも効果的ではあるのだが、それ以前に現場の体制を整えられていることに大きな要因があった。
ここで、ほかのフィットネス事業者も実践すべきことを3つ紹介する。
①スピード感をもって取り組む
コストを削減するという文脈のことであれば、特別に多額の初期投資が必要になるケースは少ない。それであれば、取り組みにおいて起こり得るリスクも比例して小さくなるので、まずはやってみることが大切だという。もし、その結果として会員さまの満足度を損なうようなことや、運営に支障が出るようなことがあれば、すぐに改善をすればよいのだ。
②意見しやすい環境をつくる
先述のリネンの適正化の例も、スタッフの声から始まった施策であったが、①で述べたスピードをスタッフからの意見が出たときでも実施することで、意見が出てきやすくなったという。さらに、FitnessBusiness通巻第112号のClose Upのコーナーで原田氏は、スタッフの話をしっかり聞き、雑談を意識的に増やしたことでも、意見が出やすくなったと述べている。そのような環境づくりを普段から心掛けよう。
③目の前のできることをやる
原田氏は取引先である会社に連絡を取り、果敢に交渉を行ってきた。賃料こそ下げることは難しかったものの、チャレンジすることがまずは大切だ。清掃業者やリネンの見直しなど、一定の成果にもつながる取り組みも生まれているので、この姿勢を忘れてはならない。
コストを削減しても顧客満足度を維持する
ここまで、様々なコスト削減方法に触れてきたが、大前提としてコストと同時に顧客満足度も下げてはならない。それでは、せっかく固定費を圧縮できた部分が生まれても、肝心の収入が下がってしまうと対策の余地がなくなってしまいかねない。
一方で、今までは必要だと思っていた部分が、実は過剰にサービスし過ぎていたと気付かされる場合もある。それらを見つけるためには、まず施策を取り入れてみて、会員さまの様子をうかがうことだ。そこから愚直に改善を繰り返していけば、運営をスリムに行えるようになっていくだろう。
運営をスリム化しつつも、会員さまが本当に価値を感じるフィットネスクラブが増えることを願っている。