東急スポーツシステム株式会社(以下、東急スポーツシステム)は、東急株式会社が長期経営構想に掲げる“世界が憧れる街づくり”の実現に向け、アトリオブランドを「ATRIO DUE Next(アトリオドゥーエネクスト)」として全店一斉にリブランドした。「Flexible×Sustainable(フレキシブル・バイ・サスティナブル)」をコンセプトとして、従来の固定的な料金プランを見直すと同時に、DXを実現している。

  • 東急スポーツシステム株式会社
    代表取締役
    佐藤悠歩氏
     
  • 東急スポーツシステム株式会社
    運営一部 部長
    松岡正行氏
     

コロナ禍で現実を直視 事業構造見直しの必要性に気づく

東急スポーツシステムがリブランディングを行うきっかけはコロナ禍だった。会員数は約4割減、新規入会者も大幅に減少し、経営上、大きなインパクトをもたらした。2021年の春頃から、業績を回復させるために新たな取り組みが会社として必要だと考えるようになっていた。

「コロナ禍はいずれ明けることですが、だからといって会員が戻ると楽観視はできませんでした。数年耐え忍ぶのではなく、少しでも多く戻ってきてもらうために、事業構造を変える必要性があると考えました。健全な事業の在り方を改めて模索し、現実を直視する機会となったのです」(佐藤氏)

そこで、コロナ禍以前の実績を振り返ったところ、会員数、新規入会者、広告の反響など、コロナ以前から需要が落ちていたことがわかった。フィットネス参加率は上がっていたが、総合型フィットネスクラブの業績は上がっていなかったのだ。小規模クラブが増えるなか、総合型の競争力が落ちていたことに気づいたことが、リブランディングを行うことの原動力となった。

コンセプトは Flexible × Sustainable

リブランディングのコンセプトは「Flexible×Sustainable」。2021年の春頃に様々な本部・部からメンバーを集めて12人ほどでプロジェクトを組み、構造改革の骨子であるコンセプトを決めていった。

「各プロジェクトに分かれチームは編成されていましたが、それぞれがフラットなチームで、皆で意見を出し合える環境でした。毎週社長へのプレゼンの場があり、チームで検討した内容について意思決定が進んでいきました。スピーディーかつ大胆なリブランディングができたと同時に、マネージャー陣にとっては役員と直接意見交換ができる有意義な時間だったのだと思います」(松岡氏)

コロナ禍の最中、東急スポーツシステムの代表取締役に就任した佐藤氏にとっても、毎週のディスカッションは非常に大切なものだったと言う。

「2年間、毎週がプロジェクトチームと経営の真剣勝負でした。そこで土台をつくるのに時間を割いたからこそ、リブランディングを実現できたのだと思います」(佐藤氏)

構造改革にあたり、まずはこれまでの事業環境への認識を改めた。とりわけ、フィットネスクラブではコロナ禍で多くの会員が流出(退会)した。行動制限などを否応なしに強いられたことにより、人々の行動は今後大きく変わっていくだろうと感じた。そのようななか、これまでのやり方を踏襲していては、この事業が存続していくこと自体、不可能であると考え、流出が多い一方で今後の消費のコアとなるミレニアル世代、Z世代を中心とした消費行動の特徴に適したサービスを提供していくことが必要と考えた。

「これまでは、長らく積み上げてきた事業者の観点からサービスを提供してきたのだと思います。ニーズが多様化するなか、徹底して顧客視点で物事を考えていくことが必要だと考え、そこで出てきたキーワードが“フレキシブル”“サスティナブル”です」(松岡氏)

コンセプト実現のため 料金体系を見直し、DXを進める

多様化に合わせて、「必要なトキに、必要なモノを、必要なブンだけ」を柔軟に提供する“フレキシブル”と、長く運動を継続して健康を維持するための“サスティナブル”。従来の、すべてのエリア、サービスの利用がセットになった月額定額制を前提とした事業構造では実現できないと考えた。

そこで、具体的に変化させた内容の1つめが、料金体系の見直しだ。新たな料金プランは、エリア分けと利用頻度による段階分けを行い、お客さま個々に最適なプランを提供することにした(表)。

◆表 ATRIO DUE Next 新料金プラン

また、入会金、登録料制度を廃止するほか、有償だった休会制度も廃止した。

2つめは、DXだ。株式会社hacomonoの会員管理システム「hacomono」の導入により、スマートフォン上での会員管理・予約・決済を可能にし、会員ごとのデータを一元管理する。また、東急不動産ホールディングス株式会社のデジタルカンパニー、TFD digital株式会社が提供するBI活用サービス「Bees Connect」の導入により、hacomonoで得たデータを顧客分析に活かす。

施設の大幅なリニューアルは行っていないが、エリアごとに入退館管理のためのQRコードを設置する、フリーウェイトエリアを拡大し一部有料にする、パーソナルトレーニング用の個別ブースを設けるなど、機能性を向上させた。個別ブースには、ラック、ランニングマシン、ダンベルを設置し、パーソナルトレーニングで利用されていない時間は有料で予約できる。また、マシンジムはTechnogymのBiocircuitも導入し、ジム会費内で提供している。

リブランディング実現のステップ

ある程度方向性が定まった昨年8~9月頃、佐藤氏およびプロジェクトメンバーが、なぜこのリブランディングが必要なのかを全社員に説明した。

「本質的な事業課題が浮き彫りになっていて、対峙する必要があることを伝えました。もはや日々の業務改善レベルではなく、大胆な変革が必要だというマインドを持ってもらうためです。また、リブランディングの実現においてDXは避けて通れないファクターです。DXの推進と同時に、その必要性を従業員に醸成するために、着任半年のタイミングで、DXプロモーション推進室をつくりました」(佐藤氏)

リブランディングを達成するためには、当然障壁もあった。なかでも松岡氏が高かったと感じた壁は、そもそも事業の構造自体を変えること、そこで働く従業員の意識を変えること、そして、現状を受け止めチャレンジすることの3点だ。

オペレーションも変更 スタッフは指導に振り切る

運営面では、人の配置を大きく変えた。指導やレッスンの質を高めるために、2023年1月頃、商品専門チームを立ち上げ、スケジューリング、スタッフ研修、プログラム開発などを行っている。

特にスタジオレッスンに参加するお客さまはロイヤルユーザーになるため、満足度を高めることは必須です。今までの流れを引き継いだスケジュールではなく、需要やトレンドを見定めて大きく変更し、本数も大幅に増やしました」(松岡氏)

スタジオレッスンのスケジュールは4月から改変。4~6月の3ヶ月間は、お客さまに出たいレッスンを検討してもらうための時間としている。

「レッスンを受ける本数や優先権利により、会費区分を細かく分けています。そのためプランを選ぶために、どんなプログラムがどれだけあるかを事前に知っておいてもらう必要がありました」(松岡氏)

また、QRコードでの自動チェックイン・チェックアウトとしてフロントスタッフの配置をなくした。ジムエリアには、株式会社Opt FitのAI監視サービス「GYM DX」を導入し、安全監視はDXで担うなど、スタッフはレッスンやトレーニング指導またはアップセル、クロスセルにつなげるべくフィールドセールスに注力できる仕組みをつくった。

地域の健康インフラとして 一人ひとりと向き合う

既存会員には3月にパンフレットを配布。比較的肯定的に受け止められている。

「東急グループが描くビジョンに対して、地域の健康インフラとしての意義をまっとうすることが当社の使命です。ニーズやライフスタイルが多様化するなかで、一人ひとりと徹底的に向き合って地域社会のウェルビーイングに貢献していきます。“フレキシブル”もさることながら、重要なのは“サスティナブル”です。常に変化するお客さまのニーズに合わせて提供価値の向上を図ることにより、継続して利用していただき、そして、地域にとって、なくてはならない存在であり続けることが、リブランディングの重要なポイントです。従業員がリブランディングの意義を理解しているので、きちんとお客さまに伝わっているのだと思います」(佐藤氏)

同社は、リブランディングによって、「スポーツを通じて人々の人生を幸せにする」という企業理念を実現し、お客さまと地域社会のウェルビーイングに貢献していく。