極上の“ 空っぽ” 体験を提供する新業態とそのマーケティング

2024年10月1日、総合ウェルビーイング施設「CARAPPO 虎ノ門ヒルズ」が開業し、話題を集めている。トレーニングジム、サウナ、瞑想スタジオの複合施設は、「時間や仕事に追われる現代人を、極上の“空っぽ”体験で整える新業態」と定義づけしている。事業主体である東急不動産株式会社 ウェルネス事業ユニット 高木大地氏、企画・計画から運営までを行う株式会社スポーツオアシス 岩本孝士氏に、施設計画とマーケティングについて訊いた。

ビジネスパーソンや近隣住民のための上質な総合ウェルビーイング施設へ

CARAPPO虎ノ門ヒルズは、複合型ビジネスセンターとして2023年10月に開業した「虎ノ門ヒルズステーションタワー」の5階に、2,000㎡(約600坪)の規模で入居している。

“Reset for Creative Life”をコンセプトにした総合ウェルビーイング施設で、トレーニングジム内にはレジスタンストレーニングマシン17台、フリーウェイト5種、有酸素マシン25台が並ぶほかグループトレーニング「HIITプログラム」、パーソナルトレーニングルーム5室が、開放的な窓から望める景観とスタイリッシュな空間が融合し配されている。

開放的な窓が囲むジムエリア。マシンも充実

サウナは、男女それぞれに、テーマの異なる2つのサウナ、2つの内気浴室、炭酸泉、水風呂がある。瞑想は、プログラムにより音、照明、映像が連動する演出システムにより没入できる瞑想専用スタジオになっている。

サウナルーム「空(KU)」は、自分自身の軸を探す時間
サウナルーム「無(MU)」。無の境地を探 求する坐禅の際の半眼をコンセプトにデザ イン

 

浴室内には炭酸泉と水風呂がある
音、照明、映像がプログラム内容を演出する

 

株式会社スポーツオアシス(以下、オアシス)は、これまでも総合クラブで運動の場を提供してきたが、多くの情報に追われ、生産性を高め成果が求められるビジネスパーソンや、日々時間に追われる生活者が、ストレスを解消しリセットするための空間をCARAPPOとし、虎ノ門周辺に住む富裕層やビジネスパーソンをターゲットに、ワンランク上の上質な施設づくりを行った。

このような施設の企画・計画の着手は、2015年ごろで着工の数年前。デベロッパーである森ビルより、同ビルで働くビジネスパーソンがパフォーマンスアップできるコンセプトの健康施設ができないかとの声かけがオアシスに寄せられたことに始まる。総合クラブがコロナで大きな打撃を受けたなかで、新しいチャレンジをしていく必要性にオアシスも迫られていた時期で、改革の使命感をもって新業態開発に挑んだのが岩本孝士氏である。

オアシスが出店を決めた当時、親会社の立場でオアシスの意思決定を承認したのが東急不動産である。管轄する東急不動産のウェルネス事業ユニットは、ホテル・リゾート事業(ホテル、スキー場、ゴルフ場、別荘等)とヘルスケア事業(シニア住宅、福利厚生、健康支援等)が事業軸。

「施設にはフィットネスクラブの運営ノウハウはベースとして必要だが、フィットネスクラブとは異なる総合ウェルビーイング施設としていこうとするこの事業を、フィットネスクラブ事業の枠の1つに収めることなく、ホテル・リゾート事業で得たリソースを事業の施策に投入し、ヘルスケア事業の可能性を広げていこうという狙いをもって、東急不動産がオアシスと手を携えて、CARAPPO事業の経営を担うことになった」と高木大地氏。

東急不動産にとっても期待値を持ってビジネスの進化を見たことになる。

高額会費に見合う空間演出とマーケティング

その後も基本的にはオアシスが打ち立てたコンセプトに沿い事業を進めるが、いくつか東急不動産の目線が活かされている。

1つ目は、内装・設備の選択である。CARAPPOの世界観を表現していくのに、内装空間には工夫を凝らした。

このため、内装設計は東急不動産も取引実績のある株式会社丹青社の中でも、ホテルデザインを担当するチームに依頼した。

フロント周りのアクセントに石を配して、カウンター、オブジェ、石の壁などがラグジュアリーホテルさながらの演出になっている。

ホテルのような上質さがあるフロント周り

また、細かな運営備品の選定にあたっても両社で議論をしながら決定した。トレーニングジムでも普通のフィットネスクラブに置いてあるようなマシンで良いのか、CARAPPOのコンセプトや顧客属性に見合ったものを提供するためにどうすべきか、こだわりを持って選定した。

その1つが「HIIT」であり、ジムエリアの中央に専用の空間を用意し、他ジムとの差別化を表現した。

ジムの中央に配置されたHIIT

2つ目は、マーケットリサーチだ。施設の価値を表す会費をどう設定するか、検討が繰り返された。そこで東急不動産が活用するラグジュアリーブランド専門のマーケティング会社に依頼し、虎ノ門周辺の富裕層、ビジネスパーソンなどをターゲットとして想定し、これらの層に相応しい人にインタビュー・アンケート調査を実施し、適正会費の確認をし、事業計画の精査・最適化を進めた。その結果、月会費は36,000円となった。

3つ目は、デジタルマーケティングである。顧客層にどうアプローチをするか、今までのチラシやDMでいいのか。この点も東急不動産のホテル・リゾート事業で未顧客開拓へのアプローチ策として活用されてきたデジタルマーケティングが活かされた。

実際には「ジオマーケティング」が採用されている。虎ノ門エリアに在住あるいは在勤の人を主なターゲットにアプローチしながら、在勤であるけれども離れた場所に住んでいて、虎ノ門へ通ってきている人など昼間マーケットに位置情報など特殊な方法を使ってアプローチするデジタルマーケティングを行った。

デジタルマーケティングの強化により、想定しているターゲットにある程度、認知が広まってきている。

こうしたノウハウの共有・実施により、順調に会員が入会しているというが、施設のコンセプトから、会員がどの程度の人数であればストレスなく利用いただけるかなど、状況を見ながら入会数を伸ばしていく。

総合ウェルビーイング施設を浸透させたい

東急不動産としては、CARAPPOの業態が、フィットネスでもスポーツジムでもなく、現在総称している「総合ウェルビーイング施設」として生活者に一般化し浸透していくための方法を模索しながら、東急不動産がヘルスケア事業を行うなかで、例えば未病や予防の軸や健診の軸などと繋いでいくようなアイデアを打ち出していく。

また、多店舗化についてはどう考えるのか。

高木氏は「CARAPPOの1号店が多くのビジネスパーソンが一極集中する虎ノ門ヒルズという非常に良い場所でスタートした特殊さがある。会員属性や、実際の利用状況、例えば、3つの主要コンテンツ(トレーニング、サウナ、瞑想)を満遍なく利用しているのか、それとも1つのコンテンツに偏りがあるのかなどを確認したり、会員さまの声や評価を参考にしながら、次の商品計画や相応しいロケーションを慎重に考えていく」という。

岩本氏も「会員さまとのコミュニケーションがスタートしたばかり。内覧会、体験会でも多くの方に来ていただき興味を持っていただいていることは実感しているが、まずはお客さまの声をしっかり聞いていきたい。

CARAPPOの価値は、体験してもらわないと伝わりきらないと思っている。

総合ウェルビーイング施設とは何か、空っぽになって心と身体をリセットする感覚をご理解いただくために、ブランドを長い目で見て育てていかないといけないと思っている。1つ現象をあげれば、近隣にお住まいの方からの反応が早く、ビジネスパーソンの方は少しスローペースな傾向などが見えてきている。

これらの現象やニーズをじっくり掴んでいき、CARAPPOでの体験をより良いものにしていきたいと思いっている」という。

コンセプトに、「空っぽ=空は、無限の可能性を引き出す。ここはあなたを解き放つすべてがある」と書かれている。新たな価値を提供するCARAPPOも、世の中に必要とされる業態に成長していく無限の可能性を拡げてほしい。