顧客とのエンゲージメントをどう高めるか、いずれの企業にとっても大切なテーマであるなか、株式会社hacomono(以下、同社)は、AI・データ活用を推進する「AI driven company(エーアイ ドリブン カンパニー)」となることを宣言し、フィットネス業界のさらなるDX化/ AIデータ活用の推進と、同社内の業務フローの進化に取り組んでいる。さらには、AIを活かした未来型接客プロダクトを現在構築中だ。

これらの取り組みと新プロダクトの具体内容を、同社の代表取締役CEOである蓮田健一氏、取締役CTOである工藤 真氏に訊いた。


株式会社hacomono
代表取締役CEO 蓮田健一氏(左)
取締役CTO 工藤 真氏(右)
(以下、敬称略)



AI driven company を実現するhacomono の狙い

―貴社はAI driven companyとなることを打ち出されました。どのような取り組みを行っているのでしょうか?

蓮田:当社内の「業務フローの変革」と、当社が開発・提供する「プロダクトをAI前提で作り替える」の2つが進行中です。

まず社内の業務フローですが、あらゆる業務を徹底的に見直して、AI前提の業務に置き換えることを、今年の3月から経営戦略として進めています。現在は、部門ごとにAIでできることを具体的に考えてもらっているフェーズですが、すでに業務がAIに置き換わった部門も出てきています。もう1つは、フィットネス業界への新プロダクトの開発を、AIを活用して進めています。社内でAI推進室も新設しました。

―なぜAIに着目されたのでしょうか。

蓮田:今年3月にラスベガスで開催されたHFAショーへ訪問した際、AI活用のプロダクトが数多く出てきていることに大きな衝撃を受けました。アメリカではAIを運営に導入する店舗も増えてきていることがわかり、日本はAI活用の面でとても遅れているという認識を持ちました。

また、我々のようなSaaS企業のセッションの多くが、AIをテーマにセミナーを開催していました。実際に店舗の運営業務のマーケティング機能、フロント管理、在庫管理、スタッフ管理、またコールセンターカルテなどCRM(顧客管理関係)などにAIを導入している店舗を見学しましたが、現場の業務を効率化しながら、顧客管理も効果的に行っており、驚きました。AIとhacomonoの技術を連携すれば、店舗運営の業務効率化と顧客体験価値の向上を実現し、よりフィットネス業界の躍進をサポートできると思いました。

AI・データの活用を推進する企業として「AI DRIVEN COMPANY」を宣言


―貴社のAI推進室は、いつ、どのような目的で立ち上げたのですか?

蓮田:3月にアメリカから帰国してすぐ、経営陣で議論を重ねました。全社的に意識を変えていくために宣言をした方がよいと考え、AI・データ活用を推進する「AI driven company」を宣言しました。その後、早々にAI推進室を作ったという流れです。

―AI推進室を牽引されるCTO工藤さんは、AI活用についてどうお考えですか?

工藤:AIの精度が高まり、これは使えると各社で本格的に活用・検討がされ始めたのは、今年に入ってからではないかと思います。

そのAIを当社の業務上で活用し、当社の生産性や収益性を上げる状況が実現できていたら、新プロダクトの開発にも自信を持って反映できる、当社の顧客にも提案できる。まずは当社からAIが当たり前に活用できる水準まで知識を高めることを目指し、社内業務フローの改革を進め、その一環としてAI推進室も立ち上げたという、意図的な背景があります。

社内活用で成果を出し、開発プロダクトでもAIを組み込み豊富なアイデアが提案できるよう、両輪でAIを捉えたところがあります。


AI が開くフィットネス業界の未来とは

―AIを導入することで、フィットネス業界の未来はどう開けていくのでしょうか?

蓮田:すべてが良い方向へ変わると思っています。アメリカで参考になった一例を挙げれば、入会時のアンケートがあります。心理学者と設計・構築されていて、回答の結果をAIと連携させることで、会員さまの入会動機から性格、志向性、どんな時に入会意識が生まれるか、どんな時に退会するのかまで分析していたのです。この分析結果を実際のカウンセリング時に活用することで、入会促進、退会防止等に効果を発揮することができます。

これら顧客管理に関する情報をAIに連携することで、クラブで働くスタッフは顧客への理解を深めることもできます。AIの分析情報が接客方法のヒントをくれるため、スタッフは顧客への効果的なフィードバックや接客戦略を立てやすくなります。

―つまり、そうしたマイクロサーベイの結果をAIと連携させることで、より効果的に活用できる、ということでしょうか?

蓮田:はい。それがAI活用を促す要因の1つです。AI活用にはまずデータ収集が大切で、様々な方法が適用できます。例えば、アンケートを一斉にとる方法もありますが、それ以外に会員の運動後や退館時、UberEatsの配達終了時の満足度調査のように、「今日の接客はどうでしたか」とか「そこで笑顔になりましたか」というような、非常に簡単なマイクロサーベイを積極的に取っていくと、施設の満足度や課題が把握できます。

さらに、マイクロサーベイを顧客のタイプによって変えてもいいでしょう。他会員とのコミュニケーション重視の方には「今日の体験はどうでしたか」、自分で黙々と運動したい目標達成意識の高い方には「今日は挫折することなく運動できましたか」というように。こうすることで、今後はAIの力でよりパーソナライズされた体験価値を提供するためのPDCAサイクルを実現できるようになります。マイクロサーベイをAIで分析し、結果をスタッフミーティングで活用すれば、良い変化だけでなく悪い変化もすぐに把握でき、迅速に改善プランを立てることができます。

入会促進・退会防止にAI を活用し、顧客とスタッフの体験価値を高めていく


―開発中の新サービスは、ウェルネス業界や運動施設向けのオールインワン・マネジメントシステムである「hacomono」とAIを掛け合わせたものになるのでしょうか?

蓮田:はい。「AIを駆使したフィットネスの未来型接客」を、新プロダクトとして開発中です。7月30日~8月1日に行われたSPORTEC2025では、当社の出展ブース内に、「hacomono AI Lab」を実験ブースとして設置しました。店舗運営をより良くするための未来型接客プロダクトを、既存する会員データとAIを連携し、来年夏頃にはスタートしたいと思っています。

例えば、入会したばかりでサポートを厚めにした方がよい会員さまが入館したとします。通常、スタッフはその会員さまのプロフィールを確認するため、パソコンの会員管理画面を見るわけですが、AIを活用することで、その場でインカムを通じてAIに音声で質問し、会員情報をすぐに取得できるようになります。

また、パーソナルトレーニングセッションを受けた会員さまには、終了時に振り返りを実施すると思いますが、その会話内容も、AIを通じてデータ化され、すぐにお客さまのマイページに掲載されたり、会話から次回の予約がシステムに反映されたりというように、AIが運営の一部に自然に使われるようになることが、一番のポイントです。

―スタッフが調べ、確認するという事務的業務が、極端に減るわけですね。

蓮田:エクスペリエンス(経験や体験)が向上するので、会員さまの満足感は高まり、スタッフは接客に集中できるようになります。我々の持っているデータ(顧客管理、入退館、予約、支払・決済)をベースにAIを駆使することで、マーケティングの場面や入会カウンセリングにも役立ちます。これにより、初期定着の対応も容易になり、入会後30日経ったお客さまの利用状況を分析した上で改善案を示すこともできます。

ここでお伝えしたいのは、AIの活用はスタッフを減らすためのものではなく、むしろ一人ひとりの能力を最大限に引き出すためのものであることです。「AI」×「ヒューマン」とで「スーパーヒューマン」になることができます。フィットネス業界のトレーナーやインストラクターがAIを活用すれば、運動指導を超えてクラブの「コンシェルジュ」の役割にもなれて、顧客満足度を高めるスーパーヒューマンになれる。こまやかな対応をすれば、退会防止にもつながります。その結果、会員数が伸びれば、スタッフの給与水準も上げられるという好循環が生まれます。

hacomono が描く、AI・データ活用による店舗ビジネスの未来像


―新サービスの運用、実装はどのような形で考えていますか?

蓮田:現在、10店舗強の多様な業態の店舗に協力いただき、ケースごとの対応や会員対応の方法、継続率を高める手法を把握するために、アンケートを実施しAIに連携させる取り組みを始めています。

実際に、顧客に合わせた接客をスタッフが行った際の効果などを、運営現場で検証しながらデータを収集しています。結果がまとまるのは、今年の秋から年末にかけてになる見込みです。特に継続率は、入会から6ヶ月後や1年後といった経過で測定されるものですから、未来型接客サービスの提供はもう少し先になりますが、2026年以降に徐々に実装していく予定です。

一部の店舗では、今年5月にリリースしたAIカメラもセットにして実験しており、会員情報やカメラ映像など、さまざまなデータ取得の方法を想定しながら検証を進めています。

―技術の進化がフィットネス事業者の運営を変えていきますね。

蓮田:会員一人ひとりに、パーソナライズされた接客や提案が当たり前の時代になります。AIは、店頭業務以外でも、日報の作成や、マーケティングの際の商圏分析や競合分析、スタジオプログラムの利用動向の分析など、様々なことに対応することができます。

「hacomono」の保有するデータと組み合わせることによって、店舗の周辺の競合環境を分析し、具体的に「このマンションの住民の入会が少ないのでチラシを配布した方がよい」というような、集客支援も提案できると思います。普段の業務で難しい競合分析をしなくても、AIと自然言語で対話するだけで分析してくれる世界になってくる。このことは業務改善にも通じると思います。


―AI推進室を立ち上げてわずかな時間ですが、早いスピードで進んでいますね。工藤さんはどう評価していますか?

工藤:技術面の検証は非常にスムーズに進んでいます。開発エンジニアのムーブメントで言うと、前述の通りAIが今年に入ってから一気に技術が進化したので、活用の熱量も上がってきたところがあります。

エンジニア側は、フィットネス業界の価値として、AIを提供したい気持ちが強くあり、接客とか、会話とか、時間が取られていた事務作業などをAIが支援していくために、AIに人間味や、感情的な世界観を入れ込み、価値を提供したいと思っています。

AIの特徴的なところは、自然言語で扱えることです。音声データと組み合わせることで、会話がデータとして蓄積してこれをAIがサポート・要約する。これまでの業務が大きく好転することは間違いありません。

―貴社が掲げるフィットネス参加率7%を20%へと押し上げることが、これらの取り組みで現実的なものになると強く感じました。

蓮田:当社が、というよりは業界とともに手を携えていきたいという気持ちが強いです。当社はあくまでも黒子として業界を支える立場です。その想いが認められ、今年1月にはゆうちょ銀行系のファンドや三井不動産のファンドなどから総額46億円の資金調達を実行することができました。当社を支援してくれている多彩な企業とのネットワークも広がったので、得られる様々な情報を、フィットネス業界に活かしていきたいです。その結果、参加率が向上したら嬉しいですね。


もう1つのチャレンジ「FitFits」
潜在需要を掘り起こす

―7月のSPORTEC2025では、コンシューマ向け新サービス「FitFits」のローンチも発表されました。貴社におかれては初めてのコンシューマ向けビジネスですね。

蓮田:はい。「FitFits」は、だいぶ前から構想していたもので、「やりたいことを毎回選べるフィットネスマーケット」をコンセプトとした、月額制フィットネスプラットフォームです。業界を活性化し、運動人口を増やして新たなフィットネス層を取り込むにはどうすべきか、その方法を長く模索してきました。

個人的には、フィットネスは一般の人々にとって日常生活の脇役であるべきだと思っています。スポーツ選手を目指すわけではない人々にとって、フィットネスは家庭や職場で活き活きと過ごすための重要な要素です。私たちは、生活者の脇役としてのフィットネスの価値を高め、利用者が感じやすい疎外感を解消するために、もっとできることがあるはずだという想いから、新しいサービス「FitFits」を考案しました。

利用者の生活の質や仕事のパフォーマンスを向上させるプラットフォームは何かを突き詰めて考えたことが、「FitFits」の事業化のきっかけです。今、フィットネスクラブに通っている会員に、我々がタッチするつもりは全くありません。むしろ既存会員の方々から、嫌われてもよいサービスだと思っています。

コンセプトは「やりたいことを毎回選べるフィットネスマーケット」


―なるほど。しかしフィットネス人口を向上させる機会にはなりますね。

蓮田:はい。仮に現在6%か7%ぐらいの参加率だとすると、残りの約93%が潜在的な市場です。そのうちの10%前後をアーリーアダプターとして取り込むことができれば、エンドユーザーにとって価値あるサービスとなり、フィットネス業界全体の潜在需要を掘り起こす良い機会になるはずです。

利用施設は、フィットネスクラブだけでなく、サウナやランニングステーション、エステティックサロンなど、その時々の目的に合わせて自由に選べるよう、ラインナップを充実させていく方針です。人と人とのつながりを生み出し、ユーザーに心から喜ばれるようなサービスを目指しています。

FitFits の事業スキーム


―蓮田さん、工藤さん、貴重なお話をありがとうございます。