品川皓亮著『資本主義と、生きていく』(大和書房)という本を読んでいたら、考えていることが一気に言語化されてきた。
そこで、一筆まとめてみようと思いました。
少し長くなりますが、おつきあいください。「フィットネスビジネスの本質」に触れる話です。
「意味的価値」という第三の軸
モノやサービスの価値は、どのように語られてきたか。
経済学的には、「機能的価値」と「感情的価値」の二軸で整理できるというのが一つの見方だ。性能がいい、使いやすい、気持ちいい——そうした属性の束として商品は評価され、差別化が図られてきた。
しかし、近年、第三の軸として「意味的価値」が注目されている。
それは「なぜ自分はこれを選ぶのか」「この体験は自分の人生においてどんな意味を持つのか」という問いに応える価値であり、機能でも感情でもなく、実存に近い領域に属する。
ボードリヤールの罠——記号消費と意味的価値の違い
「意味的価値」を論じるとき、フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールの「記号消費」論が引き合いに出されることがある。
ボードリヤールは、消費社会においてひとは商品の使用価値ではなく、記号としての差異を消費すると喝破した。ステイタスの高いジムに通うのは健康のためではなく、「意識が高い自分」という記号を纏うためだ——という読み解きは、フィットネス業界にも十分に適用可能だ。
しかし、ここで注意が必要なのは、記号消費とは根本的に「他者の目線」が起点であるという点だ。社会的コードの中で自分を差異化したいという欲望であり、外部から与えられた意味体系に依存している。
意味的価値は、それとは異なる。
「怠惰な自分を乗り越えた証明としてフルマラソンを走る」「自分が変わった証を、大切な人に見せたい」——そこにあるのは他者の評価ではなく、自分の物語に根ざした動機だ。これはヴィクトール・フランクルが「意味への意志」と呼んだものに近い。
自己決定理論が明かす「継続の構造」
心理学の領域では、この「意味への意志」は自己決定理論(SDT:Self-Determination Theory)として精緻化されている。
エドワード・デシとリチャード・ライアンによって提唱されたこの理論の核心は、動機の「有無」ではなく「質」を問う点にある。外発的動機づけ(報酬、罰、他者の評価)よりも、内発的動機づけ(それ自体が楽しい、意味があると感じる)の方が、継続性・パフォーマン