施設価値の向上
様々な業態が誕生してきているフィットネス業界。コロナ禍でオンラインフィットネスがヒットしたが、最近のリアル店舗では、コワーキングスペースなどを付帯して、カテゴリーエントリーポイントを増やそうとする動きが見られる。対象顧客が生活文脈で恩恵を感じられる施設の価値が向上すると、顧客満足度が向上→再来店率が向上→継続率が向上→生涯顧客価値(LTV)が向上→経営の安定→再投資のサイクルが回るはずだ。では、そこで大切になることは、何か?
※本記事では、ブティック型業態は小規模業態にインクルードして記載しています。
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株式会社オーエルシージャパン代表取締役CEO佐々木康昌氏
コロナ禍を経験して、フィットネスクラブはどのような価値を顧客に提案することになっただろうか?また、これから求められる経営・運営の姿勢とは?前号より本誌で『Valuable Design◎価値を生み出すデザイン』を連載している佐々木氏は、①リアルの肌感、②通いやすさ(アクセス)、③ハードへの投資、④コンセプト、⑤メディアセレクション、⑥わくわくすること、を挙げる。総合型業態と小規模業態(ブティック型業態)を例として、そのポイントに迫る。
リアルの肌感がクラブに来る価値
佐々木氏に施設価値の向上について訊くと、ある現実的な課題を挙げる。
「お金がないのが、課題ではないでしょうか?コロナ当初に国から悪モノにされてしまったこともありますが、総合型業態は、ダメージを受けて投資までできていません。今後は、投資の戦略がポイントになります」
資金調達に苦労し、主に総合型業態で人件費の調整を図ったフィットネス業界。業界の完全回復までの進捗については本誌P10News & Trendsにまとめているが、佐々木氏は、運営上のポイントとして、自クラブが現在抱えている課題の明確化とそれを細分化し、解決に向けた方法を見つけられていない点が一番の問題点だと指摘する。「リアルの良さは環境、カルチャーの共有、スタッフや会員とのコミュニケーションにある。その際、スタッフのコミュニケーションレベルの向上は今後のキャッシュづくりのポイントになるだろう」と言う。
人材不足ではあるものの、施設で価値を生み出すためには、このコミュニケーションが価値になると指摘する佐々木氏。同氏によると、アメリカの物販でこのようなケースが見られると話す。
「スーパーマーケットは品揃えも多く価格も安いのですが、広すぎます。コロナ禍以降、地域のコーナーストアが復活しています。(スーパーマーケット≒総合型業態、コーナーストア≒24ジム)。若干高くても必要なものが適宜揃っていれば十分、日本で言うコンビニに近い存在ですね。コーナーストアは地域のお店、店員とのリアルな会話コミュニケーションが持ち味で、それが購買につながっているのです」
佐々木氏は、日本の小規模業態は、スタッフと会員のカルチャーのベクトルが似ていると言う。
「例えばF45は、私にはけっこう合っています。やっていてきついのですが、結果が出る。だから通い続けられますし、そこに来る人は何となくカルチャーが似ていて、コミュニケーションもとりやすい。オンラインのフィットネスとは、臨場感が違います。隣で若い女性が頑張っているのを見るとウェイトも持ち上げられますし、インストラクターも励ましてくれます。結果が出ると、また行こうと思わせてくれます」
つまり、インストラクターや、そこにいる会員とのコミュニケーションなどの心地よさが、クラブに来る価値になるということだろう。
通いやすさ(アクセス)
総合型業態は、会員の休会・退会により、キャッシュフロー面で苦労を強いられたが、小規模業態では、どうだったのだろうか?佐々木氏は、「24ジムに関しては総合型業態よりは影響が少なかった。通いやすく、アクセスしやすかったのが理由です」と言及する。
「コーナーストア同様、コロナで価値観が変わり、業績を伸ばしたものあります。例えばchocoZAP。従来は服を着替えていたのが、来たままの服で、外履きのままで、たった5分の運動、というのを価値にしました」
フィットネスユーザーにではなくパイの大きな未顧客に向け利便性を向上し、運動初心者に視座を合わせている。
「利便性の向上で総合型業態でも小規模業態でも共通しているのは、デジタル化によってキャッシュが不要になったり、web上で予約が完結したりするようになったことです」
同じように総合型業態の場合、お風呂やサウナ、コワーキングスペース、ゴルフなど色々なアイテムに対して、営業時間やアクセスの仕方を変え、利便性を高めることで、未顧客のニーズに合わせて柔軟に対応できると同氏は言う。
「何でも使える、ではなく、選べるアイテムがあり、それへ直接アクセスできるなら利便性は高まります」
価値を表現するハードへの投資も
では、総合型業態は、どのようにして未顧客を惹きつけられるだろうか?同氏によると、「総合型の強みは、色々なアイテムがあることと開放感。それを最大化すること」。
一方で、「どんな価値が自クラブにあるのか、顧客に上手くアピールすることが重要」だとも語る。
その例として、下記を挙げる。
- 窓が大きく開放的
- トレッドミルの台数が多い
- 空間に合わせたデザイン
- わかりやすい外観
施設の外観・内観は、施設のアイコンでもある。佐々木氏は、「インパクトあるリノベーションをした施設は、より使われるようになり、会員数も戻っているようです」と海外の事例を話す。
「特にドイツは、印象的でした。コロナ禍でも、施設にダイナミックに投資・改修したり、クラブ内に違うブランドをつくったりしています。コロナ禍に米国のゴールドジムを買収したRSGグループがその例です。マックフィットを主力とするRSGグループですがそのブランドの1つ、John Reedの新しいクラブBOTZOW(写真)のデザイン性には驚かせられました。地下のクラブで窓はありません。意識(意図)的に下記のようなことをして、空間が広く見える工夫もされており、ぜひ実践したく思っています」
- アートな照明を使う
- ライン照明でスピード感を演出
- 鏡の積極利用
- 朝、昼、晩の違った演出
ところで、デザイン面で気を付けたいのは、施設に入っていくときと出ていくときの見え方が異なる点だ。佐々木氏は、意図的にその違いをデザインすることもデザインのキーポイントだと強調する。
「総合型業態では、持っている素養をいかにプラスにしていくかが問われており、ほかとは違うものを入れることで、顧客から見て付加価値がわかりやすくなるのです」
小規模業態は、訴求する価値とターゲット層が明快だ。単価も高いが、選ばれる理由がある。総合型業態でもここをクリアにし、リノベーションをしていけば価値を上げることは可能だと佐々木氏は言う。
しかし、実際に改修やリノベーションするとなると、コストや納期がかかってしまうのではないだろうか?
「もちろん投資は必要です。一助としてはSDGsの一環として環境に配慮した設備に変える際、補助金を使い、合わせて行ってしまうのも一考です。改修においては、抱えている課題へのアプローチが最も重要ですが、顧客から見て、変わったと実感できるようにすることが大切です」
同氏は、改修にこだわらずとも、今、欲しいアイテムを会員に聞いてみるのもと良いと言う。
「女性専用への要望や、ちょっとしたストレッチスペースなど隠れたニーズの顕在化、思いもしなかった要望がでるかもしれません。それを実現し、好評ならばその会員単なる会員からファンになってくれるでしょう。また、ヘビーユーザーとライトユーザーとで欲求が異なるので、ヘビーユーザーのニーズよりは、未顧客の『こういうのがあったら入会したい』という声を顕在化できるようなアンテナを張ることが大切です」
ニーズが異なる例として、暗くてカッコいい空間を好む客と、明るくて安心感があるほうがいい客など様々だと言う。サーカディアンリズムなどを参照し、光が人体への与える影響をデザインや機能面に盛り込み、なぜ明るいのかなどを説明できるようにしておくのも必要だと佐々木氏は付言している。
施設の使い方にも着目しよう。同じ場所でも、時間軸が異なると使われ方も違う。ビジネスホテルなら、朝食スペースは、昼以降は未使用が多い。カフェスペース、コワーキングスペースとして開放や運営をすることで収益性と利便性を高めるホテルは増えている。
総合型業態も同様に、フィットネスカスタマー以外へのアプローチも収益的、プロモーション的に効果ありと言えるだろう。
コンセプト
プロモーションなどでの訴求ポイントに目を向けてみると、コロナ前後でコンセプトの設定が変わってきていると佐々木氏は言う。
「コロナ前は、『色々なアイテムが揃っていてこの月会費です、隣のクラブよりも良いのでぜひ!』というオファーが多くありましたが、コロナ後は、サービスを享受する側の価値観が変わり、それに対応できているサービスの提供側は、価値基準をよりはっきりさせています。つまり結果がわかる価値観の訴求にシフトしてきたと思います。林水泳教室が成功したのは、これだけのコロナ対策をして、施設は明るく、家よりも開放感があって、水泳で子どもが成長していく楽しさなどの価値を訴求してきたからです。法規上の制約などで施設は変わった形状をしていますが、ロードサイドで夜はランニングマシンで走っている姿が見えて、そこを通る人に総合型クラブだとわかりやすいようになっています。実際に、オープンしてからは、実績も出ています」
メディアセレクション
佐々木氏は、レッスン性の小規模業態では、運動結果がわかりやすいようにプログラムが設計されているため、会費が高くても払う価値があると感じやすいと言う。
「ドイツやジャカルタもそうでした。コロナの間に、トレーナー自身がネットでクライアントを集めて、自宅や出張でのパーソナルトレーニングを始めるケースが増えました」
日本でも、パーソナルジム業態が多く出店しているが、実は顕在化していないと言う。
「薄く広まったように思います。パーソナルトレーナーの質やレベル的に関しては怪しい方々もいる様子ですが、SNSで拡散しているものが多く、実態が見えない部分もあるのですが、使いやすくなっていることは確実です」
同氏は、各クラブのプロモーション面を危惧している。
「小規模業態は、SNSでの販促が多くなっています。ターゲットが若い年齢層なのでそうなのでしょうが、総合型業態でInstagramなどに投稿しているクラブがあります。ですが、あんまり中高年は見ていません。チラシを見ている人は新聞を購読していたりして、年齢層によって見ている媒体は異なります。媒体によって、広告力が異なるので、よく見極めましょう」
ワクワクすることをやろう
コロナから、回復のロードマップが描けているクラブもあるが、どんな経営者にとっても経験したことのない3年間だったのではないだろうか?これから、どのように経営・運営に取り組んでいくとよいだろうか?
「この業界は経験価値が商品です。経営者自身が小規模業態や他業種の成功事例を実際に体験し、楽しみ、分析。自クラブの本当の課題は何か!を見つけることです。そしてまだ苦しい局面ですが、その課題解決に向けた変化や投資が必要です」
運営面ではどのようなことが重要になるだろうか。
「アジャイルな運営が重要です。ニュートラルに情報収集し、小さなことでもいいので新しい物や事を導入していくことです。その反応を会員やスタッフからフィードバック、それを現場に反映。このサイクルを習慣化、素早い改善を継続していくことだと思います」
そのポイントとして、佐々木氏は、
「①まずは情報と分析です。面白いものは探してこないと手に入りません。ChatGPTに聞くのも有効ですが、リアルな体験と分析で肌感に裏打ちされた情報です。②自クラブに何があったらワクワクするか!プログラムなのか、空間やデザインなのか、その実現に向けた具体的なロードマップと投資」の2点を挙げる。
「顧客が求めるものが正しいとは限りません。人は既存満足度のアップには強い要望がありますが、新しいものには寛容ではありません。しかし、使い勝手は少し悪くなっても新たなプログラムや空間を体験してみると、『けっこうよかった』と手のひら返したようになることもあります(笑)。『やっぱりいらないよ』ということもあるでしょうが、想定の範囲内としておきましょう」
ほかに、アンテナを貼る方法はあるだろうか。
「机上で数字を見て戦うのではなく、より業界外を見る必要があるでしょう。例えば、飲食店は様々なカテゴリーがあり、わかりやすい。人気のお店にはスタッフも連れて一緒に行ってみる。
なぜ人気なのかをその場で話し、分析する。自クラブの立ち位置と比較してみるのです。インバウンドには人気があるけれども、地元民には人気がない、とか。それは意図的なのか、偶然なのかSNSを見てみたり、店員に話をきいたりしてみることです。先ほどのF45は会員の7〜8割が外国人、クラブ内の会話は英語で海外にいるようなカルチャーがあります。1つの提案としては、クラブ内を分けてブティッククラブ的な別ブランドをつくる。プロモーションとして外国のカッコいい人はタダとか、とか奇抜なアイデアもいいですね。そんなのがあったらワクワクするね、が実現できれば、新しいニーズも生まれます」
最後に、読者へのエールをいただいた。
「これから、面白いことがますます受け入れられる時代になるので、失敗を恐れずに色々挑戦してほしいと思います。成功している人は失敗してもめげずに次々にやっているから成功確率も高い。ただ挑戦するべき課題が重要かつ、それは本当に実現したいのか、必要とされているのか、そこをしっかり検討、イメージしたうえでの挑戦が重要です。それから今後も、はっきりした価値が提案されている小規模業態はまだまだ伸びると考えています。総合型業態も、おもしろい小規模業態のモールのようなクラブにしていく視点で、価値やプレミアム感を高めていくのも1つの方法です。行ったら楽しかった、行きたくなるクラブをどんどんつくりましょう」
この機会に、自クラブの価値を見直し、新鮮な眼でもう一度、つくりだそう。