京都大学の文化心理学者が明らかにした「日本人の幸福の構造」は、フィットネス事業の価値設計を根底から問い直す。アリストテレスの二つの概念を補助線に、「達成して消える価値」と「居るだけで満たされる価値」の違いを考える。
フィットネスクラブの価値とは何でしょうか。成果を出すことなのか、健康を支えることなのか、それとも別の何かなのか。その答えを探るヒントが、意外にも幸福研究の中にありました。
「あー、今日も来てよかった」。そんな何気ない感情こそが、これからのクラブの価値を測る最も重要な指標なのかもしれません。
◆一冊の本と、アリストテレスの補助線
法政大学大学院の高尾真紀子先生が、京都大学の内田由紀子先生による『日本人の幸せ―ウェルビーイングの国際比較』(中公新書)の書評をポストしていて、おもしろそうだなと思ったのでさっそく読んでみました。文化心理学の視点から国際比較データを読み解き、「日本人の幸福度は本当に低いのか」を問い直す1冊です。
読みながらずっと頭にあったのが、アリストテレスの二つの概念。キネーシス(kinesis)とエネルゲイア(energeia)。これらが、内田先生の言うヘドニア(快楽的感情)とユーダイモニア(人とのつながり、意味)に対応するのではということです。
◆キネーシス―達成すれば消える価値
ヘドニア(快楽的感情)に対応するキネーシスは「ある目的に向かう未完了の運動」。家を建てている最中は建築だけれど、建て終わったらその活動は消える。フィットネスで言えば、目標体重に到達する、ベンプレのMAXを更新する、○ヶ月で変わる。どれも「達成→消費→次の刺激」というサイクルに入りやすい。達成すれば動機が消え、達成できなければ諦めて離れる。退会リスクが最も高いのは目標達成直後か、目標を諦めた瞬間だという経験則は、まさにキネーシスの構造そのものです。
◆エネルゲイア―居ること自体が充足である価値
一方、ユーダイモニア(人とのつながり、意味)に対応するエネルゲイアは「活動そのものがすでに目的を含んでいる」状態。「見ている」はすでに「見た」を含み、終わりがないから完了もしない。フィットネスクラブに置き換えれば、「あの場所に行くこと自体がすでに心地よい」「あの人たちと同じ空間にいること自体が充足」という状態です。
内田先生の本を読んで確信したのは、この区別がフィットネス