株式会社ZEN PLACE( 以下、ZENPLACE)は『zen place』というと統一ブランドでヨガ・ホットヨガ・ピラティススタジオなどを全国に合計で約90店展開している。株式会社メルカリでプロダクトマネージャーを経験したのち、2020年1月より同社に籍を置く家田氏はデジタル活用推進を担当している。
2年弱の業務を通じて店舗型ビジネスにおけるデジタル化の方針策定やステップアップのノウハウを蓄積してきた同氏に話を訊いた。そこから、フィットネス業界は様々な産業とテクノロジーを通じて連携していく未来が見えてくる。
立地、施設、料金の優位性に加え、顧客体験の向上が大前提
フィットネスクラブは店舗ビジネスの代表格と言えるが、従来のように立地、施設、および料金だけの差別化には限界があるように見受けられる。
これからのフィットネスクラブは少人数の会員数であってもフィットネスクラブに所属する顧客体験を高め、価格設定も満足度に応じて高めていくことが、経営を安定して継続するのに必要な利益率の確保にもつながるのではないだろうか。
もしこの視点が欠けているのであれば、際限なき価格競争に突入する可能性が極めて高い。
そのなかで、デジタルの活用による顧客体験の向上にフォーカスして、ZEN PLACEでデジタル推進の指揮を執る家田氏に知見を借りて、本特集を始めていきたい。
あえて「フィットネスクラブに所属する」と記載したのは、必ずしも店舗に足を運んでフィットネスサービスを享受することだけが会員さまの顧客体験ではないからだ。
そのようなオンラインでのサービス提供にはデジタルテクノロジーの導入が欠かせないが、IT人材が決して多いとは言えないフィットネス事業者が、どのように進めていくのが現実的なのだろうか?
デジタル化推進における最初になされるべき議論とは
「ZEN PLACE入社後にまず議論になったのは、どこまでを自社でサービス開発し、それ以外を既存サービスで補うのかということです」と家田氏は話す。
既存サービスでまず思い浮かぶのは、会員管理や決済機能を有しているSaaS(Software as a Service)なのではないだろうか。そのようなサービスは月々いくらか定額で支払うことによってサービスを享受でき、導入のハードルが低いことが特徴である。
一方で、完全に自社独自のカスタマイズを施すことは難しい一面もある。カスタマイズしたいサービスは開発する必要があるが、IT部門の専門人材を要するうえにコストも掛かる。図1でもわかるように、両者は一長一短であるが、肝要なのは使い分けである。
「メルカリにいたときはwebサービスやアプリそのものが自社プロダクトでしたが、ヨガ・ピラティススタジオを運営するZEN PLACEにおいては対面でのサービスがメインなので、そこの違いによるシステム部門の組織的な違いに驚きました」と家田氏は話す。
実際、陥りがちな罠もあるようだ。
競争優位性を確立したい部分はシステム開発を目指す
「先述した、非IT企業にシステム開発部があると、SaaSでできることも受託会社のように何でも開発しようとしてしまう傾向にあることがわかりました」と家田氏は説明する。
フィットネス事業者が最も重視するべきKPI(重要業績評価指標)は新規入会数と継続率であろう。
結論を言うと、自社商品とデジタルを組み合わせることで顧客体験を向上することができるかつKPI向上に寄与できるものに関してはシステム開発することを家田氏は推奨している。
しかしながら、開発人材のチームがすでにある事業者ばかりではないだろう。むしろ、そうした事業者は少ないのではないだろうか?
家田氏は3つの段階に分けて、フィットネス事業者の『デジタル化へのロードマップ』をP87図2で示してくれた。これらの手順について順番に見ていく。
デジタル化への第一歩はSaaS を導入して使いこなす
まだ開発チームが編成されていない状態で、SaaSを導入することから始める。顧客体験に関わる部分であっても、まずはスピードを重視する。他のフィットネスクラブがすでにデジタル化を実施して利便性が向上している分野において、自社が引き続きアナログ的手法で利便性を損なっていると勝ち目はなくなる。
それに加えてバックオフィス業務の効率化に寄与する部分もSaaSの導入で解決し、そのまま継続的に利用していく。以上がフェーズ1に当たる部分である。
開発を実現できる組織と体制を整える
続いて、開発のフェーズ2に移る。すでに開発チームがあるフィットネス事業者はここからスタートする。フェーズ1から移行する場合は、専門人材の確保および組織づくりを開始する。参考までに図3にてZEN PLACEの組織図を掲載する。
プロジェクト全体を取り仕切るPM(プロジェクト/プロダクトマネージャー)およびサーバーやネットワークの保守を担当する情報システム担当者を1名ずつ、それからエンジニア数名からZEN PLACEもスタートし、現在の体制に組織を強化している。中途採用や外部人材を積極的に活用し、人材を揃える。
「開発=エンジニアによるコーディングではありません。SalesforceなどのPaaS(Platform as a service)やairtableといったノーコードツールを組み合わせてサービスをつくることも含みます。ここ数年は、コードを覚えずにシステム開発できるツールが劇的に増加しています。必ずしも自社人材である必要はなく、外部人材を積極的に活用することが必要です」と家田氏は補足する。
ZEN PLACE における顧客体験の向上への取り組み
具体的に顧客体験の向上とはどのようなものがあるのだろうか? ZENPLACEのケースを家田氏はこう話してくれた。
「ヨガやピラティスを行う層については身体についての関心が強く、学んでいきたいというニーズが高いのです。例えば、解剖学、呼吸などが挙げられます」
このような会員さまに対して、自社で予約・決済・会員管理の機能に加え、自社の動画コンテンツが追加できる機能を開発している。いわゆるオンラインとオフラインの融合の実現を目指している。
自宅でどのようなコンテンツを会員さまが視聴しているのかというデータを蓄積し、それをインストラクターが把握したうえでスタジオレッスン参加時のコミュニケーションに役立てる。これこそが顧客体験の向上であろう。自分が興味のある分野を適切なタイミングで丁寧に教えてくれるインストラクターを想像すれば、その価値がわかるはずだ。
「zen placeの場合、1回のレッスンで10~20人が参加します。その場だけのコミュニケーションで参加者全員の趣向を把握することは現実的ではないので、こういう場所にこそテクノロジーの活用が必要となるのです」と家田氏は付け加える。
ここでもすべてをゼロから開発するのではなく、何を自社のUX / UIとしたいか、どのデータを顧客idと紐付けて蓄積したいかによって使い分けるかが重要である。
このように、どのようにサービスを実現するかのシステム構成を自社で適切に判断できる能力を組織として蓄積できるかが、フェーズ2の本当のゴールとなる。
家田氏が見据えるデジタル活用後の未来
最後に、民間フィットネス事業者が図2のフェーズ2に移行したのちに訪れると予測されるフェーズ3について、家田氏に訊いた。
「フィットネスに止まらず、そのほかの周辺領域とAPIを通して連携していくことができると考えています。例えば、会社の定期的な健康診断のデータがそのままフィットネスクラブの会員情報として入会時に連携できるようになるかもしれません。また、GoogleMapからジムの体験予約の申し込みができるようになるかもしれません。これらはあくまで未来予想図ですが、ひとつ確実なことは、フィットネス事業者がフェーズ2(組織としてソフトウェア的思考をもつこと)に移行していないと、世の中がフェーズ3になっても、業界全体として取り残されるということです」
以上が、フィットネス事業者が辿るべきデジタル導入へのロードマップである。改めてデジタル化を推進する判断材料として、本稿をご活用願いたい。