高広氏は、「例えば、かつては月額課金だったシェアオフィスの利用システムも、今は利用した時間分の課金にし、得られる価値を明確化し、納得感のあるものにしてきている動きがあります。フィットネスクラブの多くは、利用者が例え特定のエリアしか使わなくても、また月に4回だけしか使わなくても、月額課金一本やりというところが多くないですか? デジタルを活用して、お客さまにとっても事業者にとっても納得できる使いやすいサービスにしていくことはできますよね」と工夫の余地があることを示唆する。

外部環境が急速に変化していくなかで、事業者は、顧客との価値共創を、いかにフィットしたものにできるか、今、サービス・エンカウンター※2を俯瞰し、リ・デザインしていくことが求められているのだろう。そこでは、顧客がサービスを享受することを、過度な努力を伴わずストレスなくスムーズに行えるとともに、事業者側もサービスを供給していくのに、過度な努力を伴わずストレスなくスムーズにできる、一挙両得の仕組みを構築することが必要になる。
※2:サービスにおける顧客と従業員および組織の接点、あるいは、その接点における相互作用のこと

エフェクチュエーション

事業者が、外部環境の変化にダイナミックに対応して、次々と新しい価値を備えたサービスや革新的な新規事業を生み出し成長していくことが難しくなってきている背景に、科学的、実験的な思考に基づいた経営・運営の重要性を理解し、それを理解して、十分に使いこなせていないこともあるのではないか。

新しい価値を備えたサービスや革新的な新規事業を生み出し成長していくための思考法やフレームワークで、フィットネス事業者にも参考になるものとして、どんなものがあるだろうか?高広氏に、訊ねた。

「既述した本来の意味での『イノベーション』を、今の事業従事者の文脈で実践に使うために捉えるのであれば、(不確実性の高い状況における意思決定の一般理論としての)“エフェクチュエーション”は外せないでしょう」同氏はこう述べ、エフェクチュエーションについて、簡潔に説明する。

「『Fitness Business』でも取り扱われていましたが、経営学者であるサラス・サラスバシーが提唱した、卓越した起業家の立ち振舞や態度、意思決定を表した言葉です。ここでは詳細は述べませんが、変化の大きな時代に自らの手持ちの『資産』を見つめながら、これまで設定してきた『目的』を見直し、新たにどのような『目的』があるのか複数立て、どのように多様な『手段』で事業を成長させるかという考え方です」(図4)

出典:スチュアート・リード 、 サラス・サラスバシー他著
『エフェクチュアル・アントレプレナーシップ』(ナカニシヤ出版刊)

手段主導型のエフェクチュアル起業家は、常識的にイメージされる「起業家は、強烈な目標主導型だ」という一般的な認識とは異なり、複数の所与の手段(Who I am私は何者なのか、What I know私は何を知っているのか、Who I know私は誰を知っているのか)を用いて、目的になりそうなものを新たに描き出す。エフェクチュアル起業家に目的がないわけではなく、いよいよというときに手段に縛られるか、あるいは特定の下位目標に縛られるかを選択するとしたら、自分がコントロールできない手段を追いかけず、むしろ目標を変える可能性が大きいということだ。目標に序列を持つのである。

「さらに詳しく知りたい方は」として、高広氏は、次のとおり参考書籍を推薦する。

「サラスバシーの書いた『エフェクチュエーション(原題 Effectuaion:Elements of EntrepreneurialExpertise)』(碩学舎社刊)は邦訳で読めますが、学術書なので一般の方には正直読みにくいと思います。そこで、サラス・サラスバシーとその同僚たちが書いた『エフェクチュアル・アントレプルナーシップ(原題 Effectual Entrepreneurship)』ナカニシヤ出版刊)という実務家向けの書籍が出ているので、本書をオススメしたいと思います」