『エフェクチュアル・アントレプレナーシップ』を開くと、著者らによる「はじめに」に、図5に記すエフェクチュエーションの5つの原則(四つの中核原理と包括的なものの見方)とともに、次のように、本書の概要が記されている。「この本の中で明らかにされることは、起業者活動には科学的な知識―産業、地域、時を越えて存在しているベテラン企業者に共通するロジック―があるということである。

この本を読み始めると、起業者に関して誰しもが抱く思い違いや、起業者の誰もが遭遇するおそれに直面することになる。本書の核心は、ベテラン起業家がベンチャー、製品、市場を新たに作り上げる過程で修得した四つの中核原理、それに加えて第五番目の包括的なものの見方である。

それぞれについての説明が、事例、物語、思考力テスト、多様な実践的応用例を通してなされている。単純で簡単に実行できそうに見えるが、これらの原則は成熟した組織で利用される伝統的な論理に挑むだけではなく、それを逆転すらさせることがある」起業や新規事業に取り組む、実践的な方法と概念を示したのが、エフェクチュエーションなのだ。フィットネス事業者も、ぜひ理解のうえ、活用することをお薦めしたい。

出典:スチュアート・リード 、 サラス・サラスバシー他著
『エフェクチュアル・アントレプレナーシップ』(ナカニシヤ出版刊)

オートエスノグラフィーというアプローチ

今後、フィットネス事業者が、新しい価値を備えた事業を生み出しサクセスフルに展開していくうえで、これまでのような属人的、横並び的な傾向が強いものではなく、科学的思考に基づいた実験的な取り組みを組織的に進めていこうとするとき、特に重要になる点や陥穽、注意を要する点は何か、高広氏に訊ねた。

同氏は、まず「こうした問いかけに答えようとすると、『科学的とは何ぞや?(どういうことか?)』という非常に難しい問いが出てきてしまいます」と述べ、次のように、最近自身でも考えることがあるという「科学的」であることについて思案していることを語る。

「私は実務家向けの社会人大学院で教えていますが、科学的であるべし、一般化すべしという考えで院生たちの論文指導を数年に渡って行ってきていました。しかし、実務家の書く実務研究論文のあり方や、実務家の経験や知見というものを前提にすると、科学的であろうとすることや一般化すべきであろうという考え方そのものに疑問を持ち始めてきています。そうしたなかで、最近、学術関係で非常に興味深く調べていて、かつ実務家による研究の世界でも使えるのでは?と注目しだした方法に『オートエスノグラフィー』があります。『エスノグラフィー』は、簡単に言えば、対象者を観察して記述する方法のことですが、調査主体=研究者からすると、その対象者は自分とは切り離された客体になるわけです。なので、研究者と調査対象者の関係というのは、あくまでも、観察するものと観察されるものという『役割』が決定されてしまいます。こうなってしまう背景は、結局のところ『科学的であろう』というのは『客観的であろう』ということになるからでしょう。一方で、『オートエスノグラフィー』というのはまだまだ実験的な方法論なのですが、『自分自身を観察し記述する』というもの。そのため、人によっては『そんなものは研究ではない』とか、『客観的にならないので妥当性に欠ける』と言われるわけです。しかし、“実務家”の経験や知識といった個人のキャリアヒストリーやライフヒストリーに紐づくものを明らかにしようとしたときには、何か糸口があるのでは? 今、科学的と言われているアプローチでは、そこを見落としてしまう可能性もあるのではないか?そこを補完できるのではないか?と思える方法として、私は注目し、活用方法を模索しているところです」

ここで高広氏がいう「オートエスノグラフィー」的な見方をするということは、現象学で言うところの「間主観性」という概念にも近いのかもしれない。「さて、最初の問いかけに戻ると」として、高広氏は、次のように言葉を続ける。

「『価値』というものを、主体から切り離され客観性に重きを置くような意味で『科学的』にとらえようとするのではなく、従業員やお客さまの個別の体験や経験の間に生まれるものと考え、従業員やお客さま自身が自分自身と、例えばフィットネスクラブとの関係や価値をどのようにとらえているのかをベースにとらえていくのがよいでしょう。そのときのキーワードは、従業員にしてもお客さまにしても『当事者』として価値をどうとらえているかになります。なので『科学的とはどういうことか?』という批判的な視点を持つことが本当は必要になるのかもしれないのです」