フィットネス事業のリーダーのみなさんへ。今、何を「演じて」いますか?
『日経ビジネス』に、稲盛和夫さんが2007年に東京証券取引所で行った講演を振り返る記事が載っていました。
「永守と稲盛を分けたもの」とのタイトル。3度目の記事化だそうです。
私も記者であり、編集者なので、ひとつの講演を3度も記事にすること自体、メディアに携わる者としてよほど伝えたいことがあるのだと感じるし、そこには時代を超えた普遍性があるのだと思います。
私はこの記事を読んで、フィットネス事業を営むリーダーにこそ届けたいと思いました。

◆「オレがオレが」の正直な告白

稲盛さんは、京セラが数十億円の利益を上げるようになった頃、こう思ったと述懐しています。

「すべてはオレの技術で、オレが寝食を忘れて頑張った結果だ。年俸300万円では割に合わない」と。

正直な告白です。これは多くの経営者が心の奥底で感じていることなのかもしれません。
しかし、稲盛さんは、あるコラムをきっかけにこの考え方を変えたそうです。そこでは、哲学者の井筒俊彦が「存在が花をしている」と書き、心理学者の河合隼雄がそれを受けて「あんた、花やってはりますの?私、河合やってますねん」と表現していました。

これを読んだ稲盛さんは、こう考えるようになったそうです。「半導体が勃興するためには、ある人間が必要だった。たまたまそれが'稲盛和夫'だっただけだ」と。

◆人生劇場論—「役を演じる」という覚悟

つまり、人生は壮大な劇場であり、自分はたまたまその役を演じているに過ぎない。「オレがオレが」と思った瞬間、エゴが際限なく膨張し、せっかく築いた事業を壊していく—。稲盛さんはこれを「人生劇場論」と呼びました。

記事では、永守重信さんとの対比が描かれていました。永守さんはずっと「ニデックは自分の体そのもの」と語っていたそうです。会社と自分を完全に同一視する経営者と、「たまたまこの役を演じている」と考える経営者。
その差が、晩節の明暗を分けたのでしょう。

◆フィットネス業界にも、同じ構造がないか

フィットネス業界にも、同じような構造がないでしょうか。

当初は情熱と謙虚さを兼ね備えていた経営者が、事業が軌道に乗った途端に変わっていく—会員の満足を第一に考え、スタッフとよく対話し